内側からの悪口、外側からの悪口

2012.5.3

ガイジン顔ハーフの一番の悩み。

それは純ジャパになかなか「私たちの仲間!」と思ってもらえないことである。

たとえば、

純ジャパはよく「日本って、こういうところが良くないわよね。日本はこういうところが悪いから改善されるべきよね。」と自分の国を批判したりするが、

これをガイジン顔のハーフが

「日本はこういうところがおかしいから、こういうふうに改善されるべき」

と同じ感覚で言ってしまうと、

それは純ジャパから「外人が日本を批判している」

というふうに受け取られてしまう。

つまりガイジン顔ハーフが発す「批判」というのは(たとえそのハーフが日本育ち&日本国籍&日本語が母国語だったとしても)、即「外からの悪口」と受け取られてしまう。

実際には日本育ちで日本の学校に通っていたハーフなら、たとえガイジン顔でも中身はれっきとした日本人なのだけれど。

そしてハーフ自身は「同じ日本人として日本の事を言っている」だけなのだけれど。内側の人間としてね。

しかし、人間やっぱり「容姿」に影響されるようだ。

そのため、いくら日本生まれ・日本育ち・日本の学校を卒業・日本国籍を持っているハーフでも、容姿が外国人風であれば、「それなりの扱い」を周囲からされる、ということなのである。つまり「外人扱い」される、ということだ。

人間というのは不思議で、

仲間内で言う悪口は許されても、

外から悪口は言われたくない、

というのが人間の本音である。

よって、純ジャパは純ジャパ同士で「日本ってこういうところが嫌!海外がいい!」と言って、純ジャパ同士で「そうそう!」と盛り上がる事はあるけど、

ガイジン顔ハーフが同じ事、つまり「日本ってこういうところが嫌!海外がいい!」と言うと、周りの純ジャパはカチンとくる。「日本人じゃない人(※一番下で説明)に言われたくない。だいたい日本が嫌ならアナタ外国へ帰れば?」っていう怒りの心境になってしまうのである。

面白いね。

たとえば、家族もそうだよね。

妻が「ウチの夫って、こういうところが最悪!」と知り合いにグチっても、知り合いに「アナタの夫はこういうところが最悪!」と言ってほしくないのと似てるのかな。

・・・・・・ちょっと、ちがうか^^;

でもほんとうにハーフは純ジャパと「一体感」を感じたくても、周りの純ジャパが「一体感」を感じさせてくれないことがあるから寂しかったりする。

そうそう、一体感といえば、

私は原発について自分の意見を述べる事が大事だと思っているのだが、

これも気をつけないと「ガイジンのサンドラが日本や福島のことを好き勝手言ってる」と思われてしまう。

だから人と話していてこのことに触れる時には「ドイツの視点」も入れる一方で、

「私の日本人のおじいちゃんとおばあちゃんはね、もともと福島県出身なの。私も子供のころは夏によく猪苗代湖で泳いでたの。」という話もまず最初にするようにしている。そうすると、雰囲気がだいぶ違うんだ。少しは「一体感」を感じてくれてるのかな。

ハーフが「純ジャパ」と同じ気持ちで色んなことをやろうとすると、仲間に入ろうとすると、

色んな壁にぶち当たるんだ。

その壁を取りのぞこう、というのが

「ハーフを考えよう」の最終的な目的かな。

・・・・また長くなってしまいました。

みなさんのご意見もお聞かせください。

  サンドラ・ヘフェリン

※注:実際には、日本人です。容姿で人を判断した結果、勝手にガイジン顔ハーフのことを周りの人が「日本人じゃない人」「日本人ではない」と思っているのが問題です。

コメント

  • これって自分でも陥ってしまう罠だけど、日本の通常の「自己批判」の本音とは。。。悪い所を改善しようと思う純粋な気持ちではなくて、本当は傲慢さを表しているのと思う。
     
    結局は、「日本はここが悪いよね」と素直に言ってるのではなくて、「日本は本当はもっと素晴らしいはずだから、もっとこうであるべきだ!!」(実際に現実はどうなのかは関係ない)、と勝手に決め付けているに違いない。
     
    これでは傲慢さと謙虚さがはっきりと区別がつく。もし自分が謙虚であれば、外側から批判されても別には怒らないし納得する。もし自分が傲慢であれば、内側からの非難は許されるが、外側からは許されない、と言った矛盾がある。結局は同じ批判に対してでも「外から」の批判は怒り出す、と言うのはおかしくない?
     
    自分を普段に「バカ」と呼んでいる人が、他の人に「バカ」と呼ばれたら怒る。これは、ちょっとおかしくないかな。その本当の理由は自分を「バカ」と呼んでいる理由は、「私はもっと頭が良いはずだ、良くなるべきだ」と勝手に思い込んでいるから、その反対の理由で「バカ」と呼んでいる(「私が頭が良くないのなら、バカだ」)。自分は本当はバカとは思っていないが、バカになると言う事は屈辱的と言う理由で自分をバカと呼ぶ、そして自己批判を続けるといつかは頭のさえた秀才になるなどと勝手に思い込んでいる。その「自己批判」に隠れこんでいたのは、ただの傲慢さ。
      
    こういう風に分析をすると、ただそれだけの話だと思う。。。
     
    日本の大きな問題は。。。この日本のあまりにも理不尽で自虐的な「自己批判」の態度が美徳だと勘違いしている人達が多い(「私はこれだけ自分に対して厳しいから、それだけ素晴らしいはずだ」)。その「自己批判」や「厳しさ」は美徳でもなんでもなく、本当は傲慢さが隠れていると言うことに気づいていない。「外側」からの非難に対して憤慨するのは、本当は傲慢だから。。。

    2:40 PM AF
    • AFさん
       
      最近なんだかレスが遅れがちですみませんm(__)mいつもコメントくださっていてうれしいです。
       
      思ったのですが、「日本はこういうところがダメよね」という謙虚な話し方は、それはそれで一種の会話の仕方というか話術なのかな、と思いました。謙遜するのが(とくに「外国人」の前では)美徳だと思っている人もいるでしょうし。
       
      なので、あまり相手の言っている内容を真に受けて、「そうそう、私もそう思うんです、日本のこういうところがダメですね」などと(ハーフの場合は)言わないほうがいいのかもしれないですね。むしろ、こちら(ハーフ)のことを「外国人」だと見ている純ジャパが、謙遜をまじえた日本批判(自己批判?)を始める場合は、こちら(ハーフ)に「いやいや、そんなことないですよ。日本はこういうところが素晴らしい!」と言ってもらいたい、むしろハーフにそう言ってもらうことを期待していることも多いと感じました。
       
      実際、日本の好きなところとか素晴らしいところはたくさんあると私は思っているので、日本の好きなところについて話すのは私はかまわないんですが、ただ、これもまたハーフが「日本のこういうところが好き」と言うと、「親日家の外国人」として見られてしまうこともあるので、複雑な気持ちになりますね。本当は「私達の仲間」だと思ってほしいんですけどね。
       
      会話ってほんとうにむずかしいです。全員が本音で話しているわけではないし(←むしろ本音で話をする人のほうが少ないのかも?)、自分が発す言葉の裏にある気持ちを自分自身で把握している人ばかりではないのかもしれない、なんて思いました。★サンドラ★

      4:29 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私の個人的な経験からは、この問題は外見だけに限らないと思います。私は純日本人ですが20代前半から10年近くヨーロッパに住んでいまして、当然外にいるから客観的に見えて来ることもたくさんあるわけで、帰国した際に知り合いと話している時になど、話の流れで「やっぱり日本のそういうところは改善されて行くべきだよね〜」などと言うと、本人はそんなつもりがなくても日本を出たことのない日本人にはエラそうに聞こえるみたいで、言い方にはかなり気をつかいます。「日本にはいいところがいっぱいあるけど、こういうところは少しづつ変わった方がいいだろうね〜」みたいな。

    実際批判するのって簡単ですが、効果があるように(つまり聞いてもらえるように)批判しないとほとんどの場合が反感をかって終わりで、結局建設的でない気がします。とくに日本みたいにディベートに慣れていない文化では...。

    サンドラさんの家族の例って、けっこう的を得てると思います。身内が悪口言う分にはいいけれど、外からは言われたくない、っていう。認めたくないけれど、誰でもちょっとはこういう部分はありますよね。

    1:49 AM Shoko
    • Shokoさん
       
      レスが遅くなってすみません。
       
      たしかに帰国子女や、あとはShokoさんのように大人になってから海外生活が長かった人も、なにかこう日本について意見を述べると、それは「日本を一歩も出たこともない地元の日本人」からは「外からの意見」と受け取られがちですよね。
       
      まあなんていうか日本批判は自らすすんでする必要はないのかもしれないけど、ガイジン顔ハーフ(つまりパッと見て外国人風の容姿をしているハーフ)の場合、ことあるごとに「日本はどう思いますか?」「日本のどういうところが好きですか・嫌いですか。」などと聞かれる機会が多くあるのもまた事実。その質問を真に受けて大真面目に答えると微妙な空気が流れるので気をつけたいところですね。
       
      >サンドラさんの家族の例って、けっこう的を得てると思います。身内が悪口言う分にはいいけれど、外からは言われたくない、っていう。認めたくないけれど、誰でもちょっとはこういう部分はありますよね。
       
      ↑ダンケ。そういう部分、誰にでもあるのでしょうね。よほど自覚していないと。私も気をつけなくては、なんて思います★サンドラ★

      12:49 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私も物凄く客観的な視点で「日本のこういうところが改善されないと住みやすい国にはならない!」とまともに言うと、めちゃくちゃ反感を買うことがあります。
    特に古い感覚の人だと「じゃあ日本に住むなよ!」と言われてしまうんです。「文句が多い!」と言われたこともあります。

    私達は入管のお世話になることが多いのですが、バングラデシュ人x日本人夫婦=偽装結婚、と初めから決めてかかっている節がある入管へは、夫婦同伴で行かないとスムーズに進まないことが多いんです。欧米系の人でも日本語ができないがために、スムーズに手続きができないので、日本人の配偶者が同伴していると聞きます。これって「外国人は半人前」と言われているような感じがして、物凄く不快です!

    普通に役所へ行くにも、日本人の配偶者を同伴しないと、パパ一人では何もできない。
    それでも役所へ行くたびに、超アナログな手続きをさせられて、会社も休まされるなんて変!と思っている日本人も結構多いんです。特に働き盛りは、それだけのために休みたくない人が殆んどなので、役所の手続きは物凄く非効率だと思っていて、いっそのことネットでできるようになれば早い!と誰もが思っています。

    私からすれば、我慢して住んでいるほうがヘン!と思うようなことでも、上の世代ほど疑問にも感じず、我慢してしまう。

    原発に関しても、夫婦の間では議論に発展することもあります。うちはパパが政治や時事の話が大好きなので、実家でも私の父親とそういう議論をしていたりするんですけどね ^^;
    しかし大抵の人は、そういう話すらしません。だけどしたらしたで「外人と非国民の嫁が好き勝手言ってる」と言われるだけでしょうが。

    12:14 PM Jannat
    • Jannatさん
       
      コメントありがとうございます。最近バタバタしておりましてレスが遅れましたm(__)m
       
      Jannatさんの場合も帰国子女であり、ご主人が外国人なので、周りから「外側の人」と見られがちなのでしょうね。たしかに役所などでも「外側の人」(つまり外国人)の手続きに関しては、「内側の人」(つまり純ジャパ)である身内が同伴して全部手続きを行うのがあたりまえ、という意識のようですね。ほかの方からも聞いたことがあります。ほんとうは「スグに純ジャパに頼る」というのはよくないことなんですが。
       
      役所に限らず、私は区でやっているプールをよく利用するんですが、そこに日本語のできないドイツ人と一緒に行ったりすると、プールの係員の人が「プールに入る上でのルールについて説明します」と言って、それはそれは詳細な説明を始めるんですが(「プール脇を走ると転ぶ可能性があるから走らないでください」に始まって、「ロッカーの鍵は常に身につけているようにお願いします」など)、それらの説明を私サンドラが訳すのが当たり前、みたいな態度をプール係員にとられるのが嫌ですね。そんな細かいルールを15分も私が訳すなんて、ほんとうに「ひと仕事」だし、ギャラがほしいぐらい(笑)。しかも一緒に行ったドイツ人は「はいはい、プールの脇は走っちゃいけないなんて分かってますよ!!ここは幼稚園か!!!」なんて怒り気味だし(苦笑)。
       
      ドイツの市営プールには日本のプールのような細かい説明はありません。よってドイツ語のできない外国人がプールに来ても、イチイチそんな細かい説明はしませんし、一緒に来たドイツ語できるドイツ人に通訳を頼もう、なんて発想にもなりません。
       
      プールの細かいルールの説明のために、私サンドラがタダで通訳させられるなんて変だと言いたいです。
       
      日本のプールが本当に全員に細かいルールを説明したいなら、日本語できない人には英語で説明するべきだし、逆に英語ができないなら、細かいことイチイチ説明するな、そして一番大事なのは私サンドラに頼るな!って言いたい。私は泳ぎに来たのであって通訳しに来たんではないぞ!とか私も内心怒り心頭です。私は心が狭いのかしら?言葉ができるからって、勝手に「あれ訳してこれ訳して」になって、それで訳しても全く感謝されないポジション(?)って本当嫌ですね。そりゃ私も命にかかわる事とか誰かが本当に困っている時はすすんで通訳しますけど、くだらない(←失礼!)ルールの説明にタダで通訳として使われちゃうなんて本当遺憾です。私の時間とエネルギーを勝手に使わないで頂戴、なーんて思っちゃう。・・・・・やっぱり私は心が狭いようです(笑)・・・・・・プールの話に飛んでしまいました(笑)また話しましょう★サンドラ★

      4:44 PM サンドラ・ヘフェリン
  • ハーフの皆さん(特にガイジン顔の)にはこのような悩みもあるのですね。普通の日本人である(「純ジャパ」というのですか、初めて知りました。)僕にとって、自分ではそのようなことはしていないものの、耳の痛い話です。

        これとやや関係するかも知れず、以前から気にもなっていたことがあるので、考えさせられました。日本人は自分達や日本での出来事が、外国でどのように見られているかをとても気にする国民であるということを、よく聞きます。外交・国際問題や政治問題の場合はまあ当然でしょうが、良しき悪しきの社会問題や日常の出来事についても然りです。新聞報道などでも「外国メディアはこのように伝えている」というような記事をよく目にします。(外国ではその辺りどうなのか知らないので、サンドラさんにはドイツの事情を是非教えてもらいたいです。)そこで感じるのは好意的な評価が載っていることが多いのではないかということです。確かに外国メディアでの取り扱いの大きさは事の重要性の一つの指標かも知れませんし、外国でも良く見られているのを知るのは悪い気はしません。しかし、実は読者が外国での高い評価や好意的な受け止めを専ら期待しているので、それ沿った読者におもねる記事になっている場合があるのではないかと心配するのです。

        このことは今回のコラムのテーマと何か共通する点があると思うのです。恐らく外国での冷ややかな反応は、積極的には報道されにくいのではないでしょうか。冷静で時には批判的な評価を含めて、世界の広い反応が報道されるべきだと考えるのですが、日本の(例えば新聞の)読者はそのような外国からの意見を好まないのでしょうか。今回の話題はハーフや外国人と普通の日本人との少人数・個人的な関係のレベルのことでしたが、日本人が外から批判的なことを言われるとカチンとくるという事実があるとすれば、何か根底で関連があるのではないかと思う次第です。

    11:42 AM JUN
    • JUNさん♪
       
      返信遅れましたm(__)m 書いてくださっていたこと非常に興味深いです。
       
      そういえばJUNさんの書いていたことを読んで思い出したのですが、どこかで聞いたジョークで「フランス人、ドイツ人、アメリカ人、日本人が象さんに質問をする機会がありました。さて皆、象さんにどんな質問をしたでしょうか?」というのがありました。答えは・・・・フランス人もドイツ人もアメリカ人も各自「象さんは毎日どれぐらいの量の食べ物を食べますか。」とか「象さんは朝、起きるのは何時ですか。」など、象さんを中心と考えた質問でしたが、日本人が象さんに対してした質問は「象さんは日本人は好きですか?象さんは日本のことはどう思っていますか?」だった、というものです。それぐらい「日本人がどう思われているか」または「日本は好きか」ということに日本人がこだわっている、ということをおちょくったジョークですが、ああなるほどな、ちょっとあたってるかも・・・・なんて笑いとともに思ってしまいました^^ちなみにこの手のジョークは早坂隆さんの「世界の日本人ジョーク集」にいっぱい載ってますのでよければ読んでみてくださいね。
       
      ところでJUNさんの質問、ドイツの場合はどうか、という点ですが、一概に言えないのですが全体の印象としてはドイツ人のほうがドライですね。外国人に「ドイツが嫌い!」と言われても、多くのドイツ人の感想は「あっそ。」だと思います。割とドライなリアクションなんですよね。理由は「だって僕はたしかにドイツ人ではあるけど、その前に個人のトーマスだから、僕個人がが悪口言われたわけではない。」という感覚。つまり「国」が悪く言われようと、個人トーマスが悪く言われない限り、非常にドライなリアクションですね。そのあたりの感覚は日本人のほうがウエットで傷つきやすいですね。「日本が嫌い」と言われるとイコール「自分が嫌い」と言われた気持ちになるんですよね。愛国心が強いのかしら。
       
      そうそう、この手の話になると、最後は「日本は島国だから」で片付けられることが多いのですが、それで終わりにしては先に進めないな、とも思います。JUNさん、またお話しましょう!★サンドラ★

      1:10 PM サンドラ・ヘフェリン
  • まあ、あまりにも理不尽な非難でなければ、非難されて勝手に怒られても困ることだけど。。。まあ、人は大抵は自分に対してもともと厳しいと、それなりに傷つきやすいし自信もつきにくい。日本人の大抵はもともと自分に厳しいし失敗が許されなく完璧を求める社会に生まれ育って住んでいるからなお更傷つきやすい。そのあまりのも厳しくて厳格な態度を国民性の美徳として正当化していると何時までも自信は育てられない。問題は:1)自分に厳しいと傷つきやすい 2)自分に厳しいのは本当は自分が傲慢だから 3)自分に対して厳しい態度を持ちそれを美徳と正当化していることと「外」からの非難に対して憤慨することは矛盾している。
      
    まあ、どの国でも「外側」に非難されることは大抵不満を持つけど、やっぱり日本とかの国はあまりにも異常ではないのかな。。。例えば、ドイツだと(そんなにドイツに詳しくないけど)別に誰に自国を非難されても「そうだね」ぐらいですむけど、日本だと「日本を非難するな!」みたいなまるで人殺しでもしたかの反応があって異常だ(笑)。

    12:28 AM AF
    • AFさん
       
      読んでいてなるほどな、って思いました。私が日本・外国に関係なく、人間を観察していて思うのは、自分に対して物凄く厳しい人って、人にも厳しくなりがちだということかな。その「自分に厳しく人に厳しい」中で、人の痛みがわからなかったり、人の痛みを「そんなのは痛みではない」と軽く流したりしてしまう人も少なくないと感じる。自分に厳しい人って、自分に対しても甘えを許さないから仕事などで社会的に成功していたりするし、それは素晴らしいことだから認めるべきだとは思うけどね。まあ、よいバランスが大事ですね。
       
      >例えば、ドイツだと(そんなにドイツに詳しくないけど)別に誰に自国を非難されても「そうだね」ぐらいですむけど、日本だと「日本を非難するな!」みたいなまるで人殺しでもしたかの反応があって異常だ(笑)。 
       
      ↑そうですね、上のJUNさんへのレスにも書いたけど、ドイツ人は比較的アッサリしてますね。ドライ。外国人に「ドイツは嫌い」と言われても「あっそ」みたいな感じの人が多い。それは個人としての自分イコール国だととらえていない人が多いからなんだ。むしろドイツの男性の場合、ドイツの国を批判されるよりも、自分の所有している自動車のセンスをけなされることのほうが怒る男性が多かったりするよ(苦笑)「車イコール男のプライド」ってところがあるからね、ドイツ(苦笑)★サンドラ★

      4:07 PM サンドラ・ヘフェリン
  • それは、わかる…私はここに書かれている「外見で区別される日本在住のハーフ」と同じ立場ではないから、どうコメントしようか考えたけど、私自身の似て非なる体験を書きますね。私は韓国に住んでいたとき、たとえば日韓の領土問題とか政治的なもめごとが起きるとね、個人的意見を話すにはかなーり気を遣った。何か言っても「N☆がこう言った」のではなく「日本人がこう言った」って受け取られてしまうリスクはものすごくあった…韓国人の友達同士が自国(韓国)を批判するのはよく聞いたけど、私が韓国を批判するのはある意味タブーだったなあ。。。なんかズレたコメントになってるよねごめんね~ちょっと領土問題とかはかなりデリケートな話なので書きにくいけど、言いたいことは伝わったかしら???

    12:49 AM N☆
    • N☆さん
       
      亀レスすみませんm(__)m
       
      N☆さんが言いたい事は伝わってるので安心してね^^
       
      >何か言っても「N☆がこう言った」のではなく「日本人がこう言った」って受け取られてしまうリスクはものすごくあった…
       
      ↑これはN☆さんにとって厳しい状況でしたね。そうなってしまうと、「日本を背負わされている」という気持ちになりますよね。その国代表ではないのに、勝手に「その国代表」にされてしまう辛さは、ハーフ、非ハーフに関係なく、誰でも外国に行けば起こりうることですね。N☆さんの書く帰国子女としての体験や、大人になってから日本人として外国に住んだ体験は、ハーフの経験ともかぶるところがあって興味深いです。これからもよろしく!★サンドラ★

      4:12 PM サンドラ・ヘフェリン
  • これは、私も最近強く感じていたことで、自分なりに注意しなきゃと感じてました。
    私(いわゆる純日本人)という人間は、夫(いわゆるハーフ)と出逢う前から、社会が自分に及ぼす影響について考えるタイプの人間で、昔から私を知ってる人なら私が「社会のここが不満。変えていきたい」とか言い出しても、ゆりなら言いそうなことととらえてくれると思うけど、結婚して以降知り合う人の一部には、私はただの西洋かぶれで「ガイジン一家」の一員、というふうに見えているのかも…と最近心配していました。
    つまりいわゆる純日本人の私も、いまや簡単に「外側」と認識し、それ以上話をまともに聞いてくれなくなる人がいるようだということ。
    私はもちろん話をまともに聞いてほしいので、「外側」と認識されるのはなるべく避けたい。
    なので、そういうこともあって、知り合ったばかりの人との会話は慎重になっています。
    はっきり聞かれない限りは「夫がハーフ」ということをやたらと言わないようにしています。これは子供が生まれてから徐々にいきついた方法です。最初は子供を見た人に「ガイジンみたい」「ハーフ?
    」と言われると、「夫がハーフで…」と答えることもあったんですが、個人情報(それも夫や子供の)を初対面の人に話すことそのものや、その後質問攻めにあって疲れてしまうことが多いこと、そして、何より、「あなたの家庭と私の家庭は違う」というような線を引かれるのを助長してしまうことがあるのを肌で感じ、今は最初はあまり語らずに流すことにしています。この工夫はどれくらい効果があるか分からないけれど、とりあえず、最近に「夫がハーフであることを自慢している」ととらえられると、その疑いはなかなか晴らせない雰囲気を感じています。
    子供を介して知り合い付き合う人たちとも、なるべく子供の話ばかりでなく「自分はこういう人間です」ということをアピールしながら付き合っていきたいと思っています。私の場合はそういう方法で、子供を見た人が色眼鏡をかけようとしたその手にまったをかけています。

    ところで本筋と違うのですが、コラムで「純ジャパ」という言葉を使っているのにはなにか意図があるのですか?最近コラムでの呼称が変わったので気になりました。おしえてください。

    6:48 AM ゆり
    • ゆりさん
       
      ゆりさんのお子さんを見て自分から「ガイジンみたい」「ハーフ?」などと言ってきたり聞いてきたりした人が、ゆりさんが「夫がハーフなんです」と答えてあげただけなのに、それを『自慢』だと受け取る人がいるのは嫌ですね。なんだか相手の疑問や質問にこちらが答えれば答えるほど悪いドツボにはまっていくようなxxx
       
      「西洋かぶれ」「ガイジン一家」・・・・外国や外国人、そしてハーフと関わっている純ジャパはそう思われることがあるみたいですね。これも考えさせられるテーマです。欧州出身の夫がいることを本当にハナにかけている人もいるので、そうでない人もいるのだということを世間にひろくわかってもらう必要がありますね。たとえば前にも書いたかと思いますが、「フランス」という国にはいっていのイメージがあって、たとえばフランス人の男性と結婚している純ジャパが「フランスで・・・・」と語っているのが、普通の感じで事実として語っているのか、明らかに自慢が入っているのかは、その人を長く観察してみないと分からないところがありますね。それがよくわかっていない人は、「フランスが・・・」と聞いただけで「フランスだかなんだか知らないけど西洋かぶれ!」というふうにアレルギー反応を起こすのだと思います。
       
      それから「純ジャパ」という言葉について。そうです、最近「純ジャパ」を使ってますが、これはある人に「生粋日本人」よりもいいんじゃない?と指摘されて、自分もそう思っているので使ってます。正確にいうと、「純ジャパ」以外の表現が思いつかないというのが正直なところです。「ハーフ」が横文字なので、バランスをとるために横文字も入れて「純ジャパ」のほうが漢字だらけの「生粋日本人」よりもパッと見て字面がいいかなと。「生粋日本人」はやっぱり漢字が多過ぎて字面が悪いですね。それで、「純ジャパ」って言い方がふざけた感じなのは否めないけど、それを言ったら「ハーフ」だって相当ふざけた言い方ですからねえ。
       
      私は本来やたら横文字を使った日本語は好きじゃないんだけど、文章を書く時には、くどくならないように気をつけないと、というのもあります。

       
      たとえば

       
      「母親は山口県出身、父親が鹿児島県出身の日本人のYさんが、ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれたAさんと渋谷で会って何々をしました」

       
      とか書くと、ものすごくクドイ文章になるので、

       
      「純ジャパのYさんが、日独ハーフのAさんと渋谷で何々」

       
      と書いてます。これは物事を文章にする時には避けられませんね。でないと説明が長くなりかなりクドイ文章になっちゃいます。。。。★サンドラ★

      4:30 PM サンドラ・ヘフェリン
  • それからもうひとつ。私の立場ならではの感じたことがあるので書きます。

    私は上にかいたように「純日本人」に「外側」と認識されてると感じることもあるけど、「ハーフ」に「外側」と認識されてると感じることもあるのです。
    私の友達はこれを、「純日本人は純日本人のマスクを被っていることがあるし、ハーフはハーフのマスクを被っていることがある」と表現していました。マスクを脱がないと話し合いがすすまない、とも。
    でも、マスクは自分を護るものなんです。だから簡単にはとれない。そこが厄介なんじゃないかなと思いました。
    マスクを脱いでも大丈夫、という雰囲気をまずつくらないと。と思っています。
    どんどん話が抽象的になってしまいました。。

    8:40 AM ゆり
    • ゆりさん
       
      う~ん、マスクもそうだし、そういう立場にムリヤリ長年押し込められた結果(たとえば純ジャパに「アナタはハーフだから何々」と長年そういうふうに扱われた結果)、ハーフ側も壁を作っている、ということはあるかもしれませんね。
       
      たとえば、私は経験上、「パーティーに行こうよ!」と誘われて、それが純ジャパ20人のパーティーでハーフは私だけのパーティーになる、って事前にわかると、警戒してしまいます。経験上、パーティーで20人に20回同じ質問をされるのが分かっているからです。もっと若い時は自分に「そんなことないはず。人を色眼鏡で見る人ばかりではない」と自分にムリヤリ言い聞かせて、そういったパーティーに出かけていきましたが、結果はほとんど毎回同じで嫌な気持ちになるし散々。そうすると、どうすればいいのかって考えた時に、やっぱりハーフや外国人、純ジャパがある程度まざったパーティーのほうが私は楽しめる、というのが分かったし、でもそれは見方を変えれば「あのハーフ(この場合は私サンドラのこと)は純ジャパを避けている」という見方もできるわけです。・・・むずかしいですね。たとえば、純ジャパ一人&私(ハーフ)一人で一対一でお茶する、というのなら自分のことも説明できるし全然問題ないんですが、こう何十人も自分とは違う人が自分に同じ質問を投げかけてくる・・・・そういうシチュエーションは自分の精神衛生上避けたいな、ってのもあります。まあ、でもそんなにむずかしい話では本当はないのかもしれません。もしかしたら単に人の多いパーティーに私が不向きなのかも(笑)★サンドラ★

      4:45 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私はあまりこの様な経験が無く、どちらかと言うとかなり保守的な日本人と取られそうな考え方の人間なので逆に「テッドさんって凄く日本人なんですね」と言われたりします。逆に日本人に対してはもっと自分の生まれ育った土地を愛すべきだと説くタイプです。

    しかし、AFさんの鋭い指摘の通り、大抵の場合その様な「自虐」は建前であり、日本人特有の馴れ合いコミュニケーション方法の一つです。その場で、本気の議論は求められておらず、本気の議論をしてしまうと「空気を読まない人」と思われる危険性があるでしょう。それは特にハーフである事は関係無く、日本人でもその様な空気の読めない人も居ます(私の場合はワザと空気を読みませんが)。

    まあ、この様な問題は個人差がかなり出ると思いますね。私の様なガイジン顔ハーフでも特に疎外されていると感じない人も要ますし(京都の様な超タテマエ社会で育ったからかも知れませんが...)。

    4:07 AM テッド
    • テッドさん
       
      ミクシーの「ハーフいいなぁって言うな!」のコミュ二ティーでトピを拝見してます。「愛国心」というもも複雑なテーマでひとことでは語れない部分が大きいですね。ところでビックリというか私にとって新しい発見だったのは
       
      >私の様なガイジン顔ハーフでも特に疎外されていると感じない人も要ますし
       
      の部分。ガイジン顔で日本で育って、自分の容姿にコンプレックスを持たず疎外感を感じないハーフってあまり会ったことないので貴重です。書き込みありがとうございました★サンドラ★

      4:49 PM サンドラ・ヘフェリン
  • テッドさんのコメント

    「… 大抵の場合その様な「自虐」は建前であり、日本人特有の馴れ合いコミュニケーション方法の一つです。その場で、本気の 議論は求められておらず、本気の議論をしてしまうと「空気を読まない人」と思われる危険性があるでしょう。」

    これ本当にそうですよね。私はイギリスに長く住んでいたのですが、イギリス人もかなりの自虐好きで、「これだからイギリス人は」「そういうダメなところ、ほんと典型的(なイギリス)よね〜」とかよく言うんですけど、まさに馴れ合いコミュニケーション方法の一つで、本気で議論することは大抵の場合求められていないんですよね。それを知らずに「そうそう、そういうところはこう改善されるべきであって...」とか具体的に議論しはじめちゃうと雰囲気が白ける(笑)。

    6:24 PM Shoko
    • Shokoさん
       
      なるほど。しかし大陸の人から見ると、イギリスも日本も島国なのでそういうところがあるのかな、なんて思ってしまいました。「島国で片付けるな!」って私、自分でいつも言ってるのに、ついに自分で言ってしまいましたね^^; でもそう思う理由は、あまりドイツでドイツ人同士で「ドイツはこういうところが改善されるべきだ」などという会話はそれほど聞かないからです。面白いですね★サンドラ★

      4:52 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 「ハーフ」が「純日本人」に「外側」と認識される理由。
    考えていたのですが、「ハーフ」には「帰る国」または「拠点になる国」がもうひとつある、という一般的な考えからきているのかもしれないと思いました。
    もちろん世間が「ハーフ」と呼ぶ人たちのなかには、日本生まれ日本育ち日本語のみを話す、という人たちや、自分を「普通の日本人」と同じと思ってほしいと考えている人たちも多いと思います。
    でも世間ではあくまで「ハーフ」は日本以外のもうひとつの国にも自由に出入りできる、簡単にその国の国民になれる、という考えを持っている人が多いのではないでしょうか。
    原発の事故のあと、周囲に「やっぱり○○(日本以外のもうひとつのルーツの国)に帰るの?」と言われたり、「やっぱり日本を捨てるの?」と言われたりした「ハーフ」もいると聞きます。
    (上記の質問は前者は当人を元々外国人扱い、後者は当人を日本人扱いして非難していると思うので、そのような両極端の扱いをされること自体酷なことと感じます)
    「ハーフ」の日本批判に過敏に反応する人のなかには「どうせいつかは帰る人」に日本のことをとやかく言ってほしくない、という思いを持っている人もいるのかもしれませんね。
    しかしそれさえもほとんど無意識だったりすることもまた残酷だと思います。
    つまり、「純日本人」としてなんの迷う余地もなく生きてこられた人は「ハーフ」を「外側」と認識しているという意識がないこともおそらく多く、これも問題だと私は思っています。
    「ハーフ」の持つ苦悩というのはまだまだ世に知られていないと感じています。
    しかし、知ってもらったところで「ハーフって色々複雑でかわいそう」となるのはまたヒドイと思います。
    知ってもらったところで「ハーフ」をどう扱ってほしいのか、もちろん個人にもよるでしょうが明示していくことの大切さ最近考えています。
    以前コメントに「じゃあハレモノにさわるように扱えばいいの?」という意見がありましたが、もちろん違いますよね?
    つまり最終的には、「ハーフ」だからこう、「純日本人」だからこう、とかいうカテゴライズを外して、同じ「人間」として皆が尊重しあったり思いやりあったりできればいいということですよね?これはサンドラさんの言葉でいうと「一体感を感じる」ことを目指すということでしょうか?
    しかしこのはなしをそもそも問題意識のない人に説明し始めるとき、最初にどうしても「ハーフ」の「純日本人」と違う体験というのを挙げて、「違い」を認識してもらわなくてはいけない、それがジレンマのようにも思います。話を最後まで聞いてくれればいいのだけど、「ああハーフって大変なのね。純日本人と違って」で終わってしまうことも多そう。そういう認識はそれで、「ハーフ」に失礼なことを言うのを控える、ということに繋がるので功績はあるとも思うのだけれど、ゴールではない。しかしタテマエ社会というのもあるだろうけど、人の苦悩の話にすぐ蓋をしたがる人は多い。それが「そんな苦悩なんてあるわけない」と蓋をされる段階、「ああかわいそうなのね。それは分かったからもうこの話はやめよう」と蓋をされる段階があり…。難しいですね。しつこくやりつづけるしかないのでしょうね。あまりしつこいと蓋もさらにかたくなに閉ざされそうだけれど…。一度された蓋はどうしたら開けられるのでしょうか?
    最近よくそんなことを考えています。

    6:41 AM ゆり
    • ゆりさん
       
      たしかにそれはあるでしょうね。しかし「(日本以外に)行く国がもう一つあるから」という理由で、「日本人ではない」と見なされるのもなんだか理不尽だと思います。たとえば今から書くのはかなりヨーロッパ的な感覚だと自覚した上で書いてますが、ドイツ人やフランス人やオランダ人は、たとえ国籍を一つしか持っていなくてもヨーロッパ内で原発事故のような事件が近くであれば、外国に避難する人が多いでしょうね。
       
      昨年の原発事故直後に東京や大阪で多くの外国人(ヨーロッパ出身)と話しましたが、印象的だったのは、その内の何人(なんにん)かが「日本人は中国籍の人と違い、世界中のほとんどの国で簡単にビザがもらえるし、そもそも日本人だとビザも必要なくポーンと行けちゃう国もあるのに、どうして国を離れる日本人が少ないの?」という質問。「日本人はなぜオーストラリアに逃げたり、他のアジアの近隣諸国に逃げて長期滞在しないの?」というものでした。もちろん原発事故後に国を出た日本人もいたけど、もっと大量に移動していないことを不思議がっていました。
       
      私はそれを考えた時に、もともと「国境を越えて移動する」ということに対する感覚が違うのだと感じました。理由に関しては、日本は島国だから、とか、昔鎖国していたからとか、あとヨーロッパに関しては昔からヨーロッパ内の移動が多かったからその感覚が今も身についてる、など色んな見方ができるかと思いますが、この緊急時の「移動」に対する考え方の違いは面白いですね。そう考えると「ごく普通の地元大好きなドイツ人」でさえも、日本人から見たら「すぐに国を捨てて移動するヒッピー」に見えるのかもしれません(笑)★サンドラ★

      11:50 AM サンドラ・ヘフェリン
  • あ~、プールの話、本当に不快ですね!日本語ができなくても、相手は大人なのですから、いちいち通訳付きで説明されなくても、何が危険か、くらいは分かります。
    しかもプールの係員も、物事を単純に考えていて、「日本語ができるんだったら通訳くらい簡単でしょ!」と思ってしまって、バイリンガルの人を「便利屋」扱いしているところが嫌ですね。
    それは区役所の職員も同じで「日本人の配偶者だったら、旦那さん/奥さんのことは全部分かるから、手続きくらい簡単でしょ!」という、「日本人配偶者がいるとこっちが楽だから」な発想になって、こっちがわざわざ有休取ってきていることも配慮しなければ、外国人配偶者を半人前扱いしている事実にも全く気付いていない。
    サンドラさんは心が狭いわけではなく、どうでもいいことを通訳したり、外国人配偶者の役所の付き合いをするのがいかに大変か、という認識がゼロなのです。
    話が反れますが、世の中にはなぜ通訳・翻訳の仕事が存在するのでしょうか?バイリンガルなら誰でもやっているか?そんなわけはありません!通訳・翻訳は、いわば「語学のプロ」なわけです!何の勉強もせずに、思い立ったらなれるわけではありません。さらに、語学ができれば通訳になれるわけではなく、高い専門性も必要とされる世界です。技術、医療、金融、政治、教育、芸能、スポーツ、などなど、あげて行ったらきりがないくらい、どれも専門知識が必要なんです。さらに、フリーで通訳・翻訳の仕事をしていると、分野を選ばずにオールマイティに詳しくならないと、食べて行くのは難しいと聞きます。
    話がかなり反れましたが、そこまで考えたら「この人に通訳を頼んじゃお!」なんて軽い発想にはならないはずだし、必要であれば「ギャラを出すから通訳できますか?」になると思うんですけどね。

    8:19 PM Jannat
    • Jannatさん
       
      わかってくれてありがとう。「便利屋さん」反対!!(笑)
       
      それにしても、広く浸透している、この「日本語できない外国人には、純ジャパの身内または友達が付き添って(外国人本人が必ずしも望んでいないのに)手取り足取りすべてを代行してやってあげるのが当たり前」という感覚、なんとかなりませんかね?★サンドラ★

      11:58 AM サンドラ・ヘフェリン
  • まあ、日本では未だに「日本人ではない」の理由で結構堂々と議論などが片付けられるから。。。その点では文化的にかなり遅れていると思う。例えば、アメリカなんて世界中から批判されているけど(笑)、そんな事は大概どうってことないし(まあそりゃ勝手に外から色々と言われると怒るけど)。要するには、「日本人ではない」なんてものはただの人身攻撃で全然議論になっていない。しかもこれは一種の人種差別だと言うことは言うべきでもない・・・
     
    例えば。。。もしこんな会話/議論中に:
     
    「日本のここが悪いと思う」
    「あなたは日本人じゃないのですよね?」
    「それはただの人身攻撃で議論と関係がないんじゃ。。。」
     
    っと言っておけば、納得させられるかな。。。日本人がどうのこうのと言うより、議論が正しいかどうかを優先したほうがいいのじゃないかな。

    10:45 PM AF
    • AFさん
       
      「日本人じゃないからアナタには分からない」的な発言を公の場で堂々とする人・・・・いますねえ。けっこう当たり前の感覚で言われるとビックリしちゃいます。★サンドラ★

      12:01 PM サンドラ・ヘフェリン
  • はじめまして。
    大変興味深く、コラムをさかのぼって読ませて頂きました。
    私はジャマイカ人の主人と結婚し、5年間ジャマイカで生活して、
    最近主人と日本に移住してきました。
    私自身、純ジャパですが、ジャマイカではやはり外にでれば必ず”チンチョンチャン”と差別され続けましたし、
    日本に帰ってきたら来たで、今度は”外国人の嫁”という独身純ジャパ時代には想像もしなかった差別や様々な苦労を今実感しています。
    (主人が日本人ではなく外国人だとわかった瞬間、不動産や大家に外国人お断り‼と横柄な態度で断られ続け、住むところがなかなか見つからなかったなど…)
    だから、立場は違いますが、とても共感してしまいました。
    そして今、第一子を妊娠中です。
    名前についてのコラムすごく参考になりました‼
    親として、これから生まれてくるハーフの我が子が少しでも生きやすい環境や、選択肢を与えてあげたいので、こちらでいろいろ学ばせて頂きたいと思います。

    6:53 AM rie
    • rieさん
       
      コラム読んでいただいてありがとうございます☆
       
      ジャマイカにも「チンチャンチョン差別」があるのですね・・・。ドイツだけでなく世界の色んな国にこの差別があることを悲しく思います。
       
      配偶者が外国人だと純ジャパも住居探しなどで本当に苦労しますよね。それからお子さんが生まれるとのこと、おめでとうございます!生まれてくるお子さんが近い将来「私は日本人!」と大きな声で堂々と言っても、周りからツッコミが入らない世の中に早くなるように私も微力ですが細々と働きかけていきたいと思っています。これからも交流よろしくお願い致します★サンドラ★

      12:06 PM サンドラ・ヘフェリン
  • サンドラさん:
    >なので、あまり相手の言っている内容を真に受けて、「そうそう、私もそう思うんです、日本のこういうところがダメですね」などと(ハーフの場合は)言わないほうがいいのかもしれないですね。むしろ、こちら(ハーフ)に「いやいや、そんなことないですよ。日本はこういうところが素晴らしい!」と言ってもらいたい、むしろハーフにそう言ってもらうことを期待していることも多いと感じました。
     
    ああそうだね、ただそういう風にお世辞を「釣っている」だけかもしれないね。それだけ皆にいつも褒められていないと気がすまないほど自信がないのか!と呆れてしまいますけどね(って言うか、それだけ自分がダメダメと言っていると自信など付くわけないだろ!と思う。自分をダメダメと言っていると本当にダメダメになってしまう。逆効果。)
     
    前にも書いたと思うけど、当時のオランダ人の商人は「日本人をおだてると金が儲かるぜ」言っていたらしい。日本人は昔からおだてられるのが好きだったらしいです。。。今でも日本人をおだてると、得しそうですね。。。(笑)。
     
    >本当は「私達の仲間」だと思ってほしいんですけどね。
     
    この日本の「仲間に入れてくれる」と言うコンセプト。。。複雑だと思います。やっぱり日本では「内・外」に分けると言う社会的な考え方が猛烈に強いと思います。「日本人」が「外」と思っている人達は。。。たぶん絶対に「仲間」に入れてくれないと思います。日本で生まれ育ったらマシだと思いますが。。。それでも(未だに)排外主義や差別があります。「日本人」は未だに「日本人である・ない」にこだわる。。。一体何時の時代の人間なんだよ!と思う。日本に居ると、なんだか間違えて1930年代にでもタイムワープしてしまったのかと時々感じる(笑)。
     
    でもこれって、日本ほど強烈ではないけど、オーストラリアでもほんの少し似たような現象があります。オーストラリアで生まれ育った人同士だと仲良しだが、外国の人には「特別」に仲良しではないとか。。。まあ日本ほどではないけど、ほんの少しだけ似たような印象があるなー。。。それと、「オーストラリアはオーストラリア、米国や英国でもない」みたいな少し変わった「プライド」があるんです(その「プライド」も日本とほんの少しだけ似ているなー。。。)でもそのプライドの裏には「恥」があります。なんだかオーストラリアの文化は恥かしいと思う人が多いようです(これも日本と少し似ている。もしかして、ドイツもそうなのじゃ?アメリカで自国の文化が恥かしいと思う人は、少ない)。やはり人が恥かしいと思う理由は、自分のプライドに傷が付いたからです。
     
    これって、もしかして「島国」のせい?島じゃなくて大陸だけど。。。イギリスと日本はあんまり似てないと思うけどね。。。イギリスはなんだか内気のアメリカみたい。アメリカの弟みたいな。。。
     
    >ドイツ人は比較的アッサリしてますね。ドライ。外国人に「ドイツは嫌い」と言われても「あっそ」みたいな感じの人が多い。それは個人としての自分イコール国だととらえていない人が多いからなんだ。
     
    ああそうだね、それが普通で妥当だと思うけどね。。。やっぱり日本や東アジアでは集団主義(Collectivism)が圧倒的に強いから、「個人」のアイデンティティーが「集団」のアイデンティティーと同じと思う人が多いのだろうね。だから自国の文化の悪口を言われると、まるで自分が侮辱されたように思う。例えば、中華・韓国・日本料理が嫌い!と言うと、怒ったり、傷が付いたり、不満を持つ人が実際にいる。。。まあ、それって相当おかしい事だと思うけど。お前がその料理を発明でもしたのか!とでも言いたい(笑)。しかも、個人の好き嫌いによって不満を持つなど、一体どれだけ自己中心的な考え方なのか!まったく、結局は自分の事しか考えていない。。。それはまったくのナルシシズムですよ。。。
     
    >自分に対して物凄く厳しい人って、人にも厳しくなりがちだということかな。その「自分に厳しく人に厳しい」中で、人の痛みがわからなかったり、人の痛みを「そんなのは痛みではない」と軽く流したりしてしまう人も少なくないと感じる。自分に厳しい人って、自分に対しても甘えを許さないから仕事などで社会的に成功していたりするし、それは素晴らしいことだから認めるべきだとは思うけどね。まあ、よいバランスが大事ですね。
     
    「自分に対して厳しいから他にも厳しい」と言う心理は。。。複雑だと思うます。でも単純に言うと、「私にはそんな事はできっこないから、あえて他の人に自分の厳しさを押し付ける!」だと思います。例えば、自分でミスするのが普段は絶えられない人は、他の人の些細なミスでも猛烈に怒り強烈な批判をします。それとか「頭が良くなりたい」親だと、自分の子供に対して「なんであんたはもっと頭が良くないのよ!」と責めたり、色々です。。。やっぱり、人を責める人こそ、自分で出来ていないのが多いです。(これって自分も当てはまるかな。。。はは。。。)。

    4:33 PM AF
    • AFさん
       
      そうなんです、前に書いたとおりドイツ人の感覚では、外国人に「ドイツが嫌い!」と言われても、「あっそ。」とドライな感覚なんですよね。それと同時に、褒められた時も非常にドライ(苦笑)たとえば、日本人がドイツ人に「ドイツのお城がとても好きなんです!」と言っても、反応がドライなドイツ人が多く、拍子抜けしてしまう日本人もいるようです。ドイツ人が「日本のお寺が好き!」と言ったら、すごく喜ぶ日本人もいるけど、日本人が「ドイツのお城って素敵!」と言っても、それほど喜ばないドイツ人が多いということです。ドイツ人を喜ばせたかったら、そのドイツ人個人が誇りに思っているもの、たとえば、その人が所有している車のセンスを褒めてあげたほうが本当の意味で喜んでくれるかもしれません(笑)あとはその人が選んだ家具のセンスを褒めるとかね。
       
      >でもこれって、日本ほど強烈ではないけど、オーストラリアでもほんの少し似たような現象があります。オーストラリアで生まれ育った人同士だと仲良しだが、外国の人には「特別」に仲良しではないとか。。。まあ日本ほどではないけど、ほんの少しだけ似たような印象があるなー。。。それと、「オーストラリアはオーストラリア、米国や英国でもない」みたいな少し変わった「プライド」があるんです(その「プライド」も日本とほんの少しだけ似ているなー。。。)
       
      ↑ドイツにもありますね。「ドイツで生まれ育ったジモティーの生粋ドイツ人同士」でツルみたがる傾向。言葉や口ではopenmindedなことを沢山言うけど、実際のあなたは生粋ドイツ人としかツルんでないじゃない?みたいな人、たくさんいます・・・悪い事ではないかもしれない。でもopenmindedとは遠いところにいるよね、という。
       
      で、そうそう、私も「わが国の誰々がノーベル賞とった!」というのを個人が誇りに思うのは違うと思う。自分がノーベル章とってないのに、誇りに思うのって、よく考えたら、変!
       
      >「自分に対して厳しいから他にも厳しい」と言う心理は。。。複雑だと思うます。でも単純に言うと、「私にはそんな事はできっこないから、あえて他の人に自分の厳しさを押し付ける!」だと思います。例えば、自分でミスするのが普段は絶えられない人は、他の人の些細なミスでも猛烈に怒り強烈な批判をします。それとか「頭が良くなりたい」親だと、自分の子供に対して「なんであんたはもっと頭が良くないのよ!」と責めたり、色々です。。。やっぱり、人を責める人こそ、自分で出来ていないのが多いです。
       
      ↑そういう人もいるけど、私が最近思うのは、自分でも自分に厳しい人、たとえば自分が一日4時間しか寝ないで営業成績が一番になった人、というのは確かに自分にも厳しく沢山仕事をして仕事で成功したけど、人に対しても同じ厳しさで接っしがちだということです。「オレが4時間睡眠でがんばれたんだから、オマエも4時間でがんばれ!」みたいな。で、体力ない人に対する理解に欠けていたりね。こういう感覚の人が経営者になると、変な方向に行った場合は世で言われている「ブラック企業」になるんだと思う。「オレが4時間睡眠でがんばったんだから、オマエもやれ!グタグタ言い訳すんな!」みたいな体育会系の人って、こういうタイプもいますね★サンドラ★

      12:16 PM サンドラ・ヘフェリン
  • サンドラさん:
    >ドイツ人が「日本のお寺が好き!」と言ったら、すごく喜ぶ日本人もいるけど、日本人が「ドイツのお城って素敵!」と言っても、それほど喜ばないドイツ人が多いということです。ドイツ人を喜ばせたかったら、そのドイツ人個人が誇りに思っているもの、たとえば、その人が所有している車のセンスを褒めてあげたほうが本当の意味で喜んでくれるかもしれません
     
    ああそうか。。。やっぱり日本では自分のプライドが「個人」から「集団」や「国」のレベルに移っているのかもしれないね。。あまりそれは健全ではないと思うけど。。。自己意識があまりにも薄いのかな。
     
    >ドイツにもありますね。「ドイツで生まれ育ったジモティーの生粋ドイツ人同士」でツルみたがる傾向。言葉や口ではopenmindedなことを沢山言うけど、実際のあなたは生粋ドイツ人としかツルんでないじゃない?みたいな人、たくさんいます
     
    ドイツって、文化的にアメリカとオーストラリアの真ん中ぐらいみたいな国だと勝手に思っているけど。。。それはどうなのかな?オーストラリアとドイツはたぶん結構似ている国だと思うけど。。。それはどうかな。オーストラリアって、たぶん「性格が明るい北欧」みたいな国だと思う(笑)。ドイツもたぶんそうだけど、実用的な面があるからその面はアメリカに似ている。。。
     
    でもやっぱりアングロサクソンの国は人種や国籍(特に生粋云々など)に対しては比較的にそれほど拘らないと思うけどね。。。「私は純粋のアメリカ人・イギリス人」なんて滅多に聞かないしそんな事言ってもあまり意味ないし。。。やっぱりアメリカやイギリスは「私は貴族のエリートだ」とか気取ったエリート主義(?)を軽蔑するからかもしれませんね(ハンバーガー食って教養のないのがアメリカのプライドなんだから)。。。でもオーストラリアにはそんな変わった「我々は特別な民族だ」みたいな「プライド」が少しあるんだよなぁ。。。(ほんの少しだけど)
     
    北欧、ドイツ、日本とオーストラリアってなんかそういう面で少し似ていると勝手に思っているけど、実際はどうなのかな(笑)。北欧は政治的に左寄りで日本は右寄り。。。
     
    >↑そういう人もいるけど、私が最近思うのは、自分でも自分に厳しい人、たとえば自分が一日4時間しか寝ないで営業成績が一番になった人、というのは確かに自分にも厳しく沢山仕事をして仕事で成功したけど、人に対しても同じ厳しさで接っしがちだということです。
    ・・・
    「オレが4時間睡眠でがんばったんだから、オマエもやれ!グタグタ言い訳すんな!」みたいな体育会系の人って、こういうタイプもいますね
     
    ああ、そういう人ね。。。そういう人の心理って、あまり良く分からないんだけど(笑)。まあ、明らかに人間の肉体的な限界を完全に無視をしているね。人間や自分の限界を無視し、人間味がない人は明らかに「傲慢」だね。。。自分が超人間とでも思っているのだろうかな。
     
    それと、「人に加減に厳しくして人を傷つけたい」という人が日本では結構いますね。。。日本の小学校とかの体育教師とかはそれが「普通」だから、ビックリ。。。あれ、なんで誰も何も言わないのだろう。。。あれは海外だったら絶対児童虐待で大騒ぎになる。

    11:23 PM AF
  • サンドラさん
     お久しぶりです。
     相変わらず乙なテーマを持ち出してきますね~
     非難精神は、「本質を見ない」「追究したがらない」から生まれてくるのでしょう。確かに、ただのぼやき=会話であって、本音や悩みではないのかも。
     先日、道で、南アフリカ系フランス人に絡まれ、悪しき古き時代の差別の話や日本人が無知である話を聞いてあげました。
     その人は、私の年齢を聞き、渡航したことのある国の名前を挙げさせ、説教してきました。所詮、それは親に連れていったもらったのだろう、と。
     こんな人もまだいるのかと笑い飛ばしたくなりました。一番、偏見をもっていて、決めつけていたのは、その人でした。私が実はフランス生まれだとフランス語で言っても、結局、自分の非も認められない弱気心の持ち主だったのです。
     80年代ではるまいし、どうして未だに自分のことをそれほど卑屈的に言えたのか。

    1:59 PM Haruka.T
    • Haruka.Tさん♪
       
      レスが遅れましたーm(__)m 南アフリカ系フランス人と、大変な思いをしましたね(>_<)それにしても、差別の多い地域や差別の多かった地域で「差別をする側」の人種に属していた人のマインドというのはそう簡単に変えられないものだということを最近知りました。昔でいうと、たとえば黒人のいる旧植民地に行って、現地でおいしい思いをした白人は、なかなか後になっても、そのおいしい思いをしたことが忘れられない。今は植民地ないけど、「植民地的な感情」ってまだ残ってるし、現在たとえばインド人の使用人を沢山使ってる白人の人の、インド人に対する見方って、人によっては酷いものがあるし、困った問題です。★サンドラ★

      10:11 AM サンドラ・ヘフェリン
  • うまく説明できないのですが、サンドラさんのコラムや皆さんのコメントを見ていると金子みすずさんの
    “すずと、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい。”
    この詩が浮かんできます。
    どこの国の人であれ、国、人種、生い立ち問わず他の人の意見を謙虚な心で聞けるかどうか、本質に気づけるかどうか、他とは多少なれ違うことが当たり前であるという事実が認識できるかどうかだと思います。
    どんなであれ”人”の形はしているので…なんかずれてますね。

    12:49 AM Yb
    • Ybさん
       
      >どこの国の人であれ、国、人種、生い立ち問わず他の人の意見を謙虚な心で聞けるかどうか、本質に気づけるかどうか、他とは多少なれ違うことが当たり前であるという事実が認識できるかどうかだと思います。
       
      ↑ほんとうですね!ほんとうの「優しさ」てこういうことなのだと思います。グローバルな優しさですね。ほっこりコメントをありがとうございました^^またちょくちょくサイトのぞいてみてくださいね(^_-)★サンドラ★

      10:21 AM サンドラ・ヘフェリン
  • AMYbさん
    いいえ。おっしゃりたいことがわかりますよ。
    フランスから日本に来たばかりの時にその詩に出合いましたが、当時は何でそんな当たり前のことを言うんだろうと思ったものです。
    正直なところ、悪口ではなくてあくまでも改善点として「人の本質を見る」「思いをことばにする」「我慢や忍耐、遠慮に過信しない」「黙ってても分かり合えない」などが言えるかしら。

    3:41 AM Haruka.T
  • >例えば、中華・韓国・日本料理が嫌い!と言うと、怒ったり、傷が付いたり、不満を持つ人が実際にいる

    こんにちは、サンドラさん! コメントするのラクだからついでに
    こちらのもしときます。 

    以前、あるドイツ人のブログを読んでいたら。 茶碗蒸しが変な
    食感でマズイとか書いてあったんですわ。 でその時は忙しかったので無視しましたが、本当はこうコメントしておいてあげたかった。 つまり料理っていうのは外食だけが料理じゃあないよと。
    その子はたぶん家族と日本食店で外食して、茶碗蒸しは、おいしくないとおもったのだろう。 でも実は、自分も今まで外食の
    茶碗蒸しでおいしいと感じたことはない。 つまり茶碗蒸しなんて
    家庭料理であって、マザコン・イタリア男みたいに言うつもりは
    ないが、うちのマンマが作る茶碗蒸しが世界一なんだっていう
    そういう類の料理なんですわ。 それは批評する人たちには理解
    してほしいね。 一方通行っていうのは悲しいからね。
    してほしいね

    9:37 AM Tacちゃん
  • >ドイツ人の感覚では、外国人に「ドイツが嫌い!」と言われても、「あっそ。」とドライな感覚なんですよね。それと同時に、褒められた時も非常にドライ

    これは、probablly純血日本人のTacちゃんもおなじですよ。
    よくいろんな国でまあ特に欧米人に会うと、たいてい同じような
    ことを言い始める。 ジュンコとかアキコとかミカとか、Tacの
    全く知らない会ったこともない日本人の名前を出して褒め始める。
    それで日本人は素晴らしい人たちだとか、日本は素晴らしいとか
    言い始めて、Tacちゃんの事に関しては何も誉めないのに、僕以外
    の人や国や国民のことは、さんざん褒めまくる。
    ここまで言っといて、で君はダメな人間だなとか言い出したら
    マジで、銃でこいつ撃ってやろうかとか思いますよ。(もちろん
    そんなことは今まで言われたことはないが。)(笑)
    そもそも俺の面前で俺以外の人や国を褒めることっていうのが
    俺に対する賛辞とでも思っているのですかと言いたい。
    こんな事がもし毎日続いたとしたら、はっきり言って、超ウザイです。

    9:37 AM Tacちゃん

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です