ハーフはナニジン?(日独ハーフの視点10)

2010.7.14

日本とドイツのハーフは日本人なのか? それともドイツ人なのか? 実際にどっちの国籍を持っているかは別として、ここではハーフの「心」にスポットをあてていきたいと思います。ハーフ自身は自分をドイツ人だと感じているのでしょうか? それとも日本人だと感じているのでしょうか?

私の知り合いの日独ハーフでずっとドイツで育ち、日本語や日本の影響をあまり受けて来なかった女性がいますが、彼女は自分のアイデンティティーを「ドイツ人」だと言います。これはある意味自然な流れなのかもしれません。とはいっても、お母さんが日本人なので、半分日本人なんだし、一度は日本に住んでみるべきではないのか? 日本語を習うべきではないのか? と一時期悩んだこともあったそうです。なので今、彼女が「私はドイツ人」と言っても、それはそれなりに色々考えた末に彼女が出した答えです。

では日本で育った日独ハーフの場合はどうでしょうか。ドイツ語やドイツの影響をあまり受けず、日本の学校にずっと通い日本語中心の生活をおくってきたハーフなら、その人のアイデンティティーは「日本人」だと言いたいところですが、容姿が他の「生粋日本人」とは違い、それを周りの人に指摘されることも多いため、「自分は日本人」と堂々と言っちゃっていいものなのか、と悩む人も多いようです。でも育ってきた環境の中で、日本語や日本の文化の影響が大半を定めているのなら、結局「自分のアイデンティティーは日本人」というところに落ち着くことが多いようです。

そうすると、小さい時から日本語とドイツ語の両方を習い、ドイツの文化と日本の文化を同時進行で教えられてきたハーフのアイデンティティー問題が一番ややこしそうです(笑)。ドイツで育ち、日本語補習校などに通いながら、親に日本語を教えられた場合 (私のケースです)もそうですし、逆に日本育ちだけれど、幼稚園や小学校の頃からずっと横浜のドイツ学園に通い、日本にいながらドイツの教育システムにどっぷり浸かった生活をしてきたハーフも、ことアイデンティティーになると簡単に「パッ」と答えることは難しいみたいです。だって自分はドイツ人だし日本人 (ポジティブに見ればね)。

でもドイツ人だけど完全にドイツ人ではない。だって半分日本人なんだもの。そして日本人だけど完全に日本人ではない。だって半分ドイツ人なんだもの。

そもそも語学力・考え方・趣味思考・行動などの面において「同時に日本人でありドイツ人である」なんてことは可能なのだろうか? これは面白い研究テーマかもしれない (笑)。

私は、日本とドイツは真逆 (正反対) の部分も多いと思っているので、考え方やキャラクターの面において「日本人であり同時にドイツ人でもある」っていうのはちょっと無理じゃないか、なんて思っている。昔から「日本とドイツは似ている」と言われているけれど、「時間を守る」、「計画好き」、「仕事が細かい」などの部分を指していると思うのですね。あと、仕事をしてきた上での個人的な感想だけど、ドイツ人も日本人も、他の国の人に比べると、メールが長い!(笑)でももっと他のことにスポットを当てると、「真逆」の部分がかなり多いんですよ、日本とドイツとでは。

私はドイツでも「バイエルン地方」の出身なので、余計そう感じるのかもしれませんが、「不平不満や苦情を大声で言うのが当たり前のバイエルンの雰囲気」 VS 「ネガティブな事や不満はあまり言わないのが良いとされている日本の雰囲気」は「正反対」です。バイエルンの場合は口調がキツイ&結構ハードな内容の事を平気で言ったりするのですが、”Es wird nicht so heiss gegessen wie gekocht wird.” (訳:「調理する時は熱くても、その同じ熱さのまま食事をするわけではない」⇒言っている内容ほど事態は悪くはない、という意味です。つまり口で言った事は強烈でキツくても、実際はそれほどではない、ということ)という言い回しがあるように、それは単なる会話のスタイルであってその人に悪意があるわけではありません。

バイエルン地方でなくても「ドイツでは人前ではっきりと自己主張をする事が大事だとされている」 VS 「日本では控えめで聞き上手が良しとされている」し、けっこう「逆」の部分が多いです。私は女性だけれど、特に「女」に関する考え方がドイツと日本とでは真逆な部分が多く、私は昔も今も葛藤を抱えています。例えば化粧。「ドイツは「化粧? 別に必要ないんじゃないの? やりたい人はやればいいんじゃないの?」っていうスタンス」VS 「日本は女として化粧をするのは身だしなみであり当たり前のこと」っていうのも私は毎回毎回混乱するし、「ドイツは女の子&女性は脚を組むのはOK」 VS 「日本は女性は脚をそろえて座らないとお行儀悪いとされる」なんてのもその典型。そのほかにも「女性はやっぱり笑顔」の日本と、そうではないドイツ、など例を挙げたらキリがないほど。

「アイデンティティー」×「女性であること」の両方で葛藤を抱えることになるんですよね。

例えば、ホームパーティーに行ってみると、ホームパーティーの最中、日本人女性は大体キッチンに集まりみんなで食事の支度をしているんですね。トントントンって野菜を切ったり、何かを盛り付けたり。で、キッチンに隣接する居間を見渡すと、そこはドイツ人女性がみんなリラックスして会話をしている。誰一人食事の準備はしていない。私、何回かこのシチュエーションに出くわしたことがありまして、このシチュエーションが苦手だったりします。というのは、こういう場にいると「さあサンドラ! アナタはどっちなの?」と、自分がドイツ人女性の輪に加わるか、それとも日本人女性の輪に加わるか、決断を迫られるからです。いやもっと言っちゃうと、「自分は日本人女性なのか」それとも「ドイツ人女性なのか」の決断を迫られている気持ちになるからです。だいたいは私、どっちの輪にも気持ちよく加わることができず、庭に逃げてそこでウロウロしていたりします(笑)。

どちらが良い、とか、どちらが悪いということではなく、これがドイツでの「女」と日本でいう「女」のあり方の違いなんですよね。日本では女性は料理をするのが当たり前だし、お盆やホームパーティーなど集団で集まる場では女性が「おさんどん」の面で何か役に立てるところを手伝うのは当たり前。でもドイツ的な感覚で言うと、「女性だから料理」というのはマッチョな考え方なんです。

皆さんも、もし日本人とドイツ人の男女が集まるようなホームパーティーに行くことがあったら観察してみて下さい。きっと私が上に書いた通りですよ(笑)。あ、「ドイツ人」でなくても、アメリカ人などの欧米人の場合も上記の構図 (日本人女性は台所で働き、欧米人女性は居間で男性と共に雑談&リラックス) が当てはまります(笑)。

まあ料理にしても笑顔にしても、求められればそれに応える、というふうに臨機応変に対応していけばよい気もしますが、これらのことは小さなことのようで実はけっこう人間のキャラクターをprägen(刻み込む)するものだと思う。なので1人の人間として、日本とドイツの両方の国の文化が求めている事すべてに生真面目に応えようと、「私は日本とドイツのハーフなんだから同時に日本人としてもドイツ人としてもパーフェクトにしなきゃ!」なんてリキんでしまうと、「大きい声で自分の意見はハッキリ!!!…あ…でも控えめにしなきゃいけないんだったっけ….」などと変な葛藤を抱え込むことになります(一時期の私の状態。今も完全に脱してはいないんですが)。

やっぱり臨機応変の対応が大事で、器用な人はその時その時でパッと態度を変えられるのでしょうけど。ちなみにこの「器用さ」を身につけることは私の目標で、今もまだ諦めていません(笑)!

パーセンテージでいえば、幼い時から日本とドイツの両方の言語と文化の影響を受けてきたからといって、ハーフのアイデンティティーが「ドイツと日本がいつも半々」というわけではないんです。つまりいつも「50%は日本人で50%はドイツ人」というわけではない、ということ。その時によって「80%ドイツ人で、20%日本人」だったり、その逆だったり。パーセンテージは、その人のその時の状況によって変わってくる。ドイツ人の仕事仲間と一日の大半を過ごしていれば、自分の中で「ドイツ人」の部分が多くなるかもしれないし、日本人の彼氏がいたりしたら自分が日本っぽくなったり。

要はアイデンティティー的なものって、一度決まればそれで一生決定! というわけではなく、その時期その時期によって変わっていく。

この間、日独ハーフの女性と話していて面白い、と思ったのは、その女性はずっと日本育ちで横浜のドイツ学園に通って、卒業してからドイツの大学に進んだんですね。つまり大人になって初めてドイツに住んだ。ところが不思議なことに、そのドイツに住んだ大学時代の数年間が意外にも彼女にとっては一番「日本どっぷりの期間」だったらしい。ドイツに行って、生まれて初めて日本人の彼氏ができたとか(笑)、ドイツにいながら日本人の友達と沢山遊び、そこでの数年間は彼女にとって「日本が濃い」時期だった。不思議ですよね。「日本」という国と接点がなくなろうとすると、それを補うかのように日本人との接点を求めたり自分自身がすごく「日本人的」になったり(笑)。不思議なんだけど、なんだか分かる気がする。どの場所にいても、「もう一人の自分」が恋しくなるっていうことなんだと思う。日本にいれば、ドイツとの接点を作って初めて安心するし、ドイツにいたら日本との接点を持つことでホッとする。日本・ドイツの両方の「バランス」が日独バイリンガルハーフには必要みたいです。片方としか接していないと、自分のどこかが欠けている気持ちになってしまうんでしょうね。

そしてハーフの場合、同じ「ハーフ仲間」との交流も大事なんじゃないかな。私の場合は時代 & 周りの環境もあって、子供の頃はハーフの友達が一人もいなかったので、大人になってハーフの友達と出会えた事にとても感謝している。今、私の友達にはハーフが多く、共に色んなイベントに出かけていったりしているので「同じ者同士 (=ハーフ同士)でツルむのってどうなのよ ?」ってツッコミが入ることもあります…。でもハーフ同士でツルむのが悪いとは思わない。私にしてみたら、子供時代 & 思春期の頃にはいなかった「やっとできたハーフの友達」だもん。生粋日本人も日本人とツルむことが多いし、生粋ドイツ人だってドイツ人とツルんだりする。でも誰も何も言わないよね。ハーフは目立つから目立つ者同士がツルむと、「いけないよ、偏ってるよ」みたいに言われたりすることもあるけどけど納得いかないなあ。ハーフ同士の交流の中で自分のアイデンティティーについてヒントを得られたりすることもあるしね。

そしてアイデンティティーの問題は、ハーフにとって「大人になって初めて向き合う問題」ではなく、「子供の時から」向き合っている問題でもあるんだ。私自身「日本とドイツとでは人間関係や人の考え方がすごい違う!」というのは小学校の頃から無意識に感じていました。

子供だから「アイデンティティー」とか難しいことは分からなかったけれど、でもそれでも場面場面においてある種の「疎外感」は感じていた。私は子供の頃、周りにハーフがいなくて、常に「生粋日本人の中にポツンと私というハーフが一人」みたいな状態だったんだよね。「変なのが一匹いた」状態 (笑)。ドイツの学校もいわゆる「ドイツドイツ」したドイツ人が多くて、ハーフの私はレアだったな。それで子供なりに不思議に思っていたのが、クラスの人気者になるタイプが日本人学校とドイツ人学校とでは全く違うこと! ドイツの小学校で人気者になるのはテーブルの上からイエーイ!!!って飛び降りちゃったりする元気な女の子。「何でもやっちゃえ」みたいな思い切りがいい感じの女の子。でも日本人学校で人気者だったのは、そういうことを牽制するような子。みんなのことを心配して回るような気配りのできる子が日本人学校では人気者だった。明るいんだけど、ドイツの学校の人気者のようなケタ外れの明るさではない。明るいんだけど、礼儀正しく先生の言うことをキチンと聞く子。昔から私、観察するのは好きで、よく人気者同士を比べて「○○ちゃん (←日本人学校の人気者)と●●(ドイツの学校の人気者) は全然やってることがちがうな…」なんて思ってた。子供なりに参考になりそうな「お手本」を見つけようと試みたけど、日本とドイツとでは、その「お手本」があまりに違うので更に混乱した、みたいな (笑)。

で、そんな時に自分の顔を鏡で見ると…、そこには日本人学校にもドイツ人学校にも無いような「顔」が…。私ってなんだか変だなと思ったものです。ドイツの学校の金髪の子とも全然違うし、日本の学校の子とも顔が全然違うじゃん、なんて。当時は自分がハーフでそれが容姿にも影響する、なんてことは分かりませんからね (笑)。

でも小学校の頃に鏡を見て悟ったことが一つ。私は人気者になれないなって(笑)。あまりメジャーじゃない顔を見て直感的にそう思ったのかな。

その子のアイデンティティーに対して、周りの大人に何かできることがあるとしたら「常にオープンな気持ち」でいることだと思う。何も否定しないこと。そして子供にアイデンティティーを「押し付けない」こと。残念なことに、せっかく子供が両方の文化と言語を学ぶ場にいるのに、周りの大人がゴチャゴチャ言っちゃうことって結構あったりするんだ。例えば、ある日独ハーフの子供はドイツの日本語補習校の小学校に上がろうとした際に (日本語はそれなりにできた)、その子と親が、補習校の日本人の先生に「○○ちゃんはドイツ人なんだし、将来ドイツに住むんだから、日本語をそんなに頑張る必要はないと思う」と言われた。この発言の何が微妙かというと、まず「アナタはドイツ人」だと決め付けていること。日本人かもしれませんよ。それから「アナタは将来ドイツに住むんだから」と決め付けていること。今の時代、大人になってからどの国に住むかなんて分からないのにね(現にドイツで育って、大人になってから日本に来た私みたいなケースもあるしね。こんなグローバルな時代、将来どこの国にいるかなんてだれもわからないよね。だからその分スキルを沢山身につけなければいけない)。その子の「将来」や「アイデンティティー」が「分からない」なら「分からない」ままでいいと思うんです。6歳の子供を相手に周りの教育関係者や大人がこの類のことを決め付ける必要は全くない。だってまだ 6歳ですよ。色んな可能性があるので、本人と親が「やりたい」ってやる気になっているのだったら「それを延ばしてあげること」、「チャンスを与えてあげること」、それが周りの大人の役割なんじゃないかな。

ちなみに、その女性は私よりいくつか年下だけど、今ドイツ語と日本語の両方が流暢です。あの時、先生の事を聞かないで親子でがんばって良かったですよね。

これはほんの一例だけれど、ハーフの子供のアイデンティティーは、周りの大人が勝手に決めちゃわないことが大事なんじゃないかな。

子供の時から日本語とドイツ語を習い、両方の国の友達を作り、色んなスキルを身に付けて、色んな経験をして、色々自分で考えて…、そして大人になってハーフ本人が「自分のアイデンティティー」を「自分で」決めればいいんじゃないのかな。アイデンティティーは言葉を習った上で、そして文化を知った上で、大人になってから「ハーフ本人」が決める。

それにしても「ハーフ」ほど、容姿(「ハーフはかわいい?」)、言葉(「ハーフはみんなバイリンガル?」)、アイデンティティーなど周りがゴチャゴチャ言って「本人」がないがしろにされちゃってるテーマも珍しいんじゃないかな (笑)。

色々書いちゃったけど、ハーフのアイデンティティー、つまりハーフはナニジン ? というのは結局ハーフ本人の気持ち。そう、キーワードは「本人」かな。ハーフ本人が私はドイツ人 ! と言えばその通りだし、私は日本人 ! と言えばそれもその通り。もちろんどっちにも決めない、というのもアリだし、一生どっちなのかなー? なんて悩んでいてもいいわけだけどね。それはそれで考えることが多くて哲学的な人生になりそうです(笑)。

                                          サンドラ・ヘフェリン

コメント

  • う~ん、本当は私のように「なに人」でアイデンティティを決めたくないハーフも多いのでは?
    私の場合は日本国籍を持っているので、「日本人」と言っておけばゴチャゴチャ言われずに済みますが、本当は「便宜上は日本人だけど、なに人でもない」と自己紹介したくなります!
    娘の場合も、将来なに人になってもいい、という気持ちで子育てしています。日本国籍だって便宜上の物だし、バングラデシュ人でもあるわけです。
    どこの国の人になるか、それとも国でアイデンティティを決めないのか、それは本人が決めたらいいのではないでしょうか。

    12:06 AM Jannat
    • Jannatさん、私も最近、「自分はナニ人」と枠にはまる考え方をすることを違うなと感じ始めています。中立みたいな感じでどこに当てはまらなくても良いと思うし、色々な国のいい部分を吸収するのも良い。そしてやっぱり「本人」ですよね、最終的には。周りが「アナタはナニ人なんだから」と決め付けるものでもないと思う★サンドラ★

      8:41 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私は「あんたは日本人!」と言われ続けていました。
    でも言われれば言われるほど、「私が日本人なのは顔だけで、中身も雰囲気もかなり日本人離れしてるよな~」と思うようになったんです。
    「私は日本人」と無理に思わなくてもいい、と思えるようになったのは最近のこと。パパも「ママは日本が短いからだよ」とわりと大らかです。

    10:24 PM Jannat
  • こんにちは。ツイッターからうかがいました。
    容姿:日本人、戸籍:日本人、生活様式:日本人 の私ですが、父の死亡後に遺品から祖父母は若いころは中国や香港で仕事をしてた日本人、父は生まれも育ちも旧満州だったことが分かりました。父は成人後、海運会社に勤務しており、主に日本から北米に行ったり来たりしてました。それは満州から帰国後日本になじめなかったため、そういう生活をして自分を日本から逃がしていたようです。祖父母は結構なじめて大学で講師をしていたようです。母は海外経験のない日本人です。
    私は子供のころから露、中、韓、英、日の雑多な文化が入り混じった生活の為、価値観が他の友人と違い、不思議ちゃん扱いでした。いじめ(仲間はずれ)もあった気がしますが、その頃は一匹狼上等!なきつい性格でした。
    父不在時の、祖父中心の私たち孫へのしつけは(大陸的?)要点がわからず、母が苦労していました。祖父が亡くなってからは、母の日本式のしつけや価値観への変換がありましたが、この時点で家の中でと、外での文化の違いが薄まり、年齢的にも精神面が寛容になり、友達が増えました。
    父は祖父母が亡くなってからは日本での孤独感を増し、特に息子との価値観の違いによる確執に心を痛めていたようです。でも3人の子供を熱心に教育し、愛してくれました。
    祖父母は孫が父を理解するために、父の持っている価値観も教えてくれていたことを今はわかりました。そして母がいたからこそ、今生きてゆくこの日本の文化や習慣が理解できます。
    国籍こそずっと日本人ですが、内面はもっと複雑で敗戦という結果がもたらした文化的背景を持つ私たちのような日本人もたくさんいます。でも、頑張っておりますのでどうぞ皆様もお気を強くもってお暮らしください。

    11:11 AM shambleau5260
  • 私はprobably純血の日本人で、この手の問題に軽いノリでクチを
    挟むのは、よくないかなと思いつつも、まあネット時代なんだから
    と思い軽く書きます。

    自分は今、40代ですが20前後に多くのフランス語圏の人間に出合い
    ました。 たいていは自分より10~30歳くらい年上の方々ですが。
    フランス語も少しは勉強はしたが、しょせんアメリカやアジアの国々
    に滞在したり、中南米を旅行している時にはフランス語は使いません。

    最近になって少しフランス語習得に力を入れ始めて、少しずつ
    フランス語は分かるようにはなってはきたが、少し複雑な気もち
    になってきました。そもそも昔会った自分よりも年上のフランス人と
    最近出逢う自分よりも年下のフランス人とでは、全然違う人間に
    感じる時がある。 そういう時ふと、そもそも、フランス人の定義
    って何?とか思ったりします。
    ある20歳前後の女の子が、自己紹介で Je suis franco-japonaise. と言った部分で、ふとヒラメキました。 つまり日本語で、日本人、アメリカ人
    フランス人、ドイツ人、メキシコ人とか言うと、それはあたかも
    名詞のように聞こえます。 だけどこれらは実際には形容詞。
    つまり形容詞とはいくつ重ねてもいいわけですわ。

    例えば、大きくて赤くて速い車。 大きい、赤い、速いは形容詞であり
    何個重ねて使っても、問題はない。 例えば、
    I am a big smart intelligent strong Japanese person. と言ってもいい。
    しょせん、French,German,Japaneseとかは形容詞にすぎない。
    つまり幾つ重ねてもいいんですわ。 文法的には。
    そう気付いてからは、Japaneseっていうのは、あくまでも
    じぶんを修飾する形容詞の一つであり、他の形容詞を付けたければ
    あと数十個でもつけてもいいんだと気づいたわけですわ。

    この発見から何か気がラクになったというか、フランス人をみても
    ひとつのFrenchという形容詞がついてはいるが、このひとには
    あと20個の形容詞をつけてもいいんだなと考えれば、何かすっきり
    と物が考えられるようになりましたよ。 そうあなたに付く形容詞
    は、ハーフという一つだけの形容詞だけではありませんよ。

    4:35 PM Tacちゃん
  • うーん。だけど、やっぱりハーフってグレーゾーンにいるから、アイデンティティが揺らぐのかな。

    サンドラさんは分かりませんが、私は未だに揺らいでいるからなー(高校生で、思春期という事も関係していると思う)。

    4:48 PM Maria
  • >でも小学校の頃に鏡を見て悟ったことが一つ。私は人気者になれないなって(笑)。あまりメジャーじゃない顔を見て直感的にそう思ったのかな。

    これは私も小学生の頃に経験しました。

    生粋の日本人の女の子は本当にのほほんとした女の子らしい顔立ちだったのに、私は本当に精悍な顔立ちをしていたからなあ…。

    鏡を見ても、「私って男の子みたいだなあ…」って嘆いていた憶えがあります。

    4:11 PM Maria
  • >私は女性だけれど、特に「女」に関する考え方がドイツと日本とでは真逆な部分が多く、私は昔も今も葛藤を抱えています。

    これも日本とアメリカでは違うな。
    アメリカでも化粧はしたい人だけがします(でも、アメリカの若い女性はマスカラをつけるのが身だしなみとしてまかなっています)。

    話が変わって、アメリカ文学の最高傑作ともいえる『風と共に去りぬ』をご存じですか。

    時代錯誤、とは言いませんが1860年代のアメリカの女性の在るべき姿が今の日本w

    6:54 PM Maria
  • >ドイツにいながら日本人の友達と沢山遊び、そこでの数年間は彼女にとって「日本が濃い」時期だった。不思議ですよね。「日本」という国と接点がなくなろうとすると、それを補うかのように日本人との接点を求めたり自分自身がすごく「日本人的」になったり(笑)。

    これも分かります。

    アメリカで半年間生活をしていた時には日本が恋しくなったなあ。

    と、言うより、アメリカにいた時はアメリカにあまり興味が無かったな。

    でも、日本に帰って来て数ヶ月が経った時にアメリカに興味を持ち始めました。

    今となってはアメリカで飲んだザクロジュースや新鮮な果物が恋しい…。

    あと、一口にアメリカ人、と言ってもアメリカは移民の国だけあって色んな人がいるからな~。

    更に、県民性なる州性が州によって異なるから、アメリカ人は〇〇って簡単には言えないな。

    けれど、アメリカの『今日頑張れば明日はもっと良くなる!』というモットーは大好きです。

    これで様々な移民で成り立っているアメリカは団結するんだな。

    6:27 PM Maria
  • サンドラさんこんにちは。イジメについてのコラムでコメントを残しましたが、後からこちらを読みました。
    何人として振る舞うべきかの葛藤、すごく良く分かります!うなずいたり声を出して笑ったりしながら読みました。
    私の場合は父がアメリカ人ですが、長年日本をベースに暮らしています。ただし思春期はアメリカで過ごしたので、その影響もあって多少アイデンティティが「フラフラ」しますが、今は8対2位の割合で日本人だと思います。それでもアメリカ人や他の欧米人と話す機会があると、欧米の価値観に合わせた自分を作らなくては、と無意識に焦り、すごく緊張します。ちなみに外見は白人寄りなので、周りから見ると「どうして緊張するの?」と不思議な感じだと思います。それがまた恥ずかしくて更に緊張します(笑)。笑い話のようですが、結構深刻な悩みです…
    そして、なぜだか英語を母国語としない国の人(インド人等)と英語で話すのは平気です。
    サンドラさんのコラムを読んで、かなり気持ちが楽になりました。
    悩むことも多いですが、前向きに笑い飛ばして行こうと思います(^^)
    これからも色々なコラム、楽しみにしてます。

    9:01 PM ありさ
  •  日本国憲法10条<日本国民たる要件は、法律でこれを定める。>
    日本国民とは日本国籍保持者の事です。目が青くても肌が黒くても日本のパスポートがあれば日本の最高法規にて日本人と規定される。
     まあ、他人がどう思うか、自分がどう思うかは各々個人の思いであり自由なんですけど。本人が日本人と思えばそれでいいんじゃない?
     選挙権やビザの様な公的の場合だと規定されているが、個人の思想信条は自由なんだから

    8:15 PM まさひろ
  • 本当に共感できる内容だと思いました。
    私もドイツ人と日本人のハーフですが英語、ドイツ語は全くできません。むしろ関西弁しか話せないのです。
    小さい頃は悩みましたが今は逆にこれがなかなか受ける!とポジティブに考えています!
    見た目はまるまるの外人ですが、心は完全な日本人。
    これからも、なんでやねん!と関西弁バリバリで生きていきです!

    4:29 PM 吉田 百合香
  • 自分のアイデンティティって、当然ながら育った環境によるところが大きいのは確かだとは思うけど、それと同時にハーフの場合は、外見的な特徴によるところも非常に大きいように感じます。

    例えば、宮沢りえさんや沢尻エリカさんもハーフですが、外見的には日本人と何ら変わらないため、周りの一般的な日本人も彼女達をハーフとしてではなく、普通に日本人として捉えていると思いますし、彼女達も自分達のことを日本人として捉えていると勝手ながら感じています。もともと日本で育った方々でもあり。

    同様に私の友人のオランダ系ハーフの方は、顔立ち、瞳の色、髪の色、体格どれをとってもオランダの白人にしか見えないということもあって、周りのオランダ人も彼のことを自分達と同じオランダ系白人と捉えており、本人も自分のことを少し変わったオランダ人と捉えているようです。もともと日本での生活経験自体がないだけに外見的な部分を含めて自分が日本人という意識をもったことはないとのことでした。

    つまり、自分のアイデンティティを考えるとき、周りの人達が自分のことをどのように捉えているのかということが非常に大きいのではないかと私は感じています。

    ただし、上記の例は比較的稀なケースであって、多くの場合、ハーフは、どちらの国の人達とも異なるがいkr

    12:13 PM moon
  • 書きかけでしたので、続きを。

    多くの場合、ハーフはどちらの国の人達とも異なる外見をしているため、周りの人達からも常に外国人扱いされてしまい、自分のアイデンティティが分からなくなってしまうのが実情ではないかと私は感じています。

    12:18 PM moon
  • すごく考えさせられました。

    私の娘(10歳・フランスー日本ハーフ)も、7~8歳の頃から鏡を見ては「私の顔、ヘン」とネガティブになっていました。そのたびに、私の率直な感想を伝えてきましたが、周りのフランス人とも違うし、日本人の私の顔とも根本的に違うことが原因だったのか!スッキリしました。

    日本にいた時は「フランス人」扱いでしたが、フランスに来てからはあまり親しくない同級生からは「日本人(または中国人)」→親しくなるにつれ、その垣根が低くなる感じですね。ただ、幼くてもサンドラさん同様、フランスにいるから「もう一人の自分」を大切にしているようで、英語の時間などでも「フランス人です」ではなく「日本人です!」と堂々と言っているようです。

    これからも、ハーフでない私には分からないことがたくさんあると思います。またサンドラさんの記事などを参考にさせていただきますね!

    6:04 PM cochon d’inde

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