後編:イジメっ子に対する復讐の仕方(具体例・穏健版)

2012.3.1

では復讐の具体例。実例を挙げます。

 

(以下をご一読いただく前に、こちら をお読みいただく事をおススメします。)

 

1)

友達のジャーナリスト(男性、Aさん)は、小学校時代に同級生にいじめられていました。しかし主犯格はなんと担任の先生だったのです。体罰先生に毎日いじめられていました。その内容はすさまじく、ここに書くのは避けたいですが、その先生にされたイジメの数々の内容を大人になって忘れられるはずもありません。

そこで彼は、リサーチをし、自分をいじめたあの時の担任の先生が今どこでどうしているのかを調べたのです。すると驚くなかれ。体罰教師は教頭先生に出世しているではありませんか!

自分にあんな酷い事をした体罰先生が罰せられるどころか、のうのうと学校に残り続け、教頭にまで出世した事に怒りを感じた彼は、次の本が出る時に、その体罰教頭先生の事を本人だと分かる形で本に書き、発売と同時に、ご丁寧にもそのページにフセンを貼り、今その人が教頭をつとめる小学校の本人宛に本を送ってあげました。当然、体罰教頭先生は怒り心頭。その後、文書のやりとり(「誠に遺憾」)があったそうですが、Aさんは「書いた事は全て事実なので、何も動く予定はありません。ウソだと言うなら訴訟を起こしてください。」と返しました。Aさんはこれをやってから、その先生への怒りがだいぶ収まったようです。モヤモヤしていた事に対し、自分で行動を起こしたのが大きかった、そう彼は話します。

2)

では、ジャーナリストではない場合はどういう復讐方法があるのでしょうか。

 

こちらの「追記」の部分に書かれているイタリア人と日本人のハーフの女性のBさんはイタリアの田舎で長年イタリア人の子供に「チーノ!チーノ!」(中国人中国人)、「中国人はサルを食べる!」などと言われ、いじめられてきました。学校に行けばご丁寧にもイタリア人の先生が、「世界には色んな人種が居ます。Bちゃんはアジア人!」と断定する形でクラス全員の前で言い切りイジメに拍車をかける始末。(注意:実際にはBさんはイタリア人でもあります。)

 

イジメのイタリア人主犯格の3人に毎日毎日、やれ中国人だの、「目が中国人みたいに吊り上ってる」、「中国には電気なんかないだろう」(注:彼女は日本とのハーフです)、「電気もなくサルを食べる中国人!」と言われ続けました。そう、Bさんのイジメっ子達は田舎町の田舎者なのです。田舎者だから中国と日本の違いがつかないのです。そして田舎者だから 中国には電気がない と思っているのです。中国と日本の違いも、何もかも分かっていないのです。次元が違うのです。でもだからといって何年間にもわたる嫌がらせをBさんが忘れられるはずもありません。 

時は経ち、日本で高校と大学を出た後、Bさんは自分が希望していた会社に就職を果たしました。地元イタリアの田舎町のイジメっ子があれほどまでにバカにしていた(「中国には電気がない!」)電化製品の会社に就職したのです!世界、もちろんあのイタリアの田舎町でも名の知られている大企業です。そこでBさんはイタリア旅行に出かけました。自分がかつて住んでいた所も訪れるイタリア旅行です。そう、プチ復讐旅行に出かけたのです。自分がかつて住んでいた田舎町を訪れた彼女はイジメの主犯格のイタリア人元同級生3人に電話をし、「同窓会をしようよ!今イタリアに来てるの。」と言うと、意外にも皆喜んで集まってくれたのだそうです。

 

青空の日、オープンカフェで4人でコーヒーを飲みながらBさんはイジメっ子3人の「近況」を聞き出しました。「今、仕事は何をやってるの?」と。

 

イジメっ子の一人は実家と同じ通りにあるタイヤ工場の補佐、もう一人は別の工場の肉体労働、もう一人は隣町の冴えない清掃員でした。オープンカフェで太陽の陽を浴びながらBさんは言いました。「アナタ達もかわいそうねー?こーんな冴えない田舎街で、タイヤの交換や掃除で一生を終えて。」「でも一生この田舎に住むのじゃ仕方ないわね!」と(以下の※マークの説明をあわせてご覧ください)。そう、自分をバカにしたイジメっ子達に嫌味を言ってのけたのです。続けて「私はトーキョーで、電化製品の会社にいるの。出張もある会社に勤めて、これから世界を飛び回るの!楽しみだなー。」と。

自分をイジメていた元同級生の、現在の、その冴えない姿を見て、Bさんの中で「イジメ」は一つの区切りとして吹っ切れたのです。田舎でイジメに遭ったハーフは、大人になってから都会に出る事をおススメします。そして気力と体力があったならば、田舎に一時期だけ里帰りして冴えない元同級生に会いましょう。頭の中ではイジメっ子のままだけど、実際に今会ったら冴えなかった、という事が分かれば気持ちもおさまるというものです。イジメっ子の冴えない「今」を自分の心に焼き付けておきましょう。

※ 後にBさんは私に話しました。「『私は都会に居て、世界を飛び回っている、大企業にいる』という自慢話をして仕返しをする事を空しいって思う人もいるかもしれない。でも当時の自分にとってはイジメっ子に嫌味を言ったことが大きな自信になったし、自分の中で吹っ切れる事ができた。私の中では大満足だった。」と。私も自分が満足ならそれで良いと思う。イジメをする事がストレス発散&自己満足であるならば、仕返しをすることが自己満足だからといって誰が責められよう。

プチまとめ⇒子供時代に田舎者にいじめられたら、大人になってから田舎者を堂々とバカにしましょう。そして自分をイジメた人達の冴えない「今」に喜びを感じられたらもっと良いです。ちなみにドイツ語では、「人が不幸になることで感じる喜び」をSchadenfreude(シャーデンフロイデ )と言います。自分をイジメた人に対しては思う存分このシャーデンフロイデを味わってOKだと私は思います。

3)

自らが何も動かず、気が付いたら心の中でモヤモヤが解決していた、という例もあります。何も動かない復讐です。

 

思春期の頃、学校で私のカバンにポルノ雑誌を入れたりして執拗に私をイジメたナチスのようなドイツ人の男の子、Z君がいました。その子は今も私のミュンヘンの実家の近所に住んでいます。接点はないのですが、日本に住み始めてからドイツに遊びに行ったら、「あのZ君は、後にクスリに手を出し、その結果若いのに二年前に脳梗塞になり、今、下半身不随みたいよ。」という情報が入ってきました。

そのニュースを聞いた時、全てを許そうと思った。嬉しくはなかったけれど(リハビリが大変そう)、あんな大変な思いを今しているのなら、これは私は許すべきなんじゃないか、そう思ったのです。ちなみにもう一人、その男の子(Z君)と一緒に私をいじめていた女の子がいたのですが、彼女は10代後半でガンになりました。そこで私は考えたのです。なんで10代や20代でガンや脳梗塞になったのか?それは彼らが10代の半ばから長年やっていたクスリが関係していた事は想像に難くありません。では、なぜ彼らはクスリに手を出したのか。それは不良だからとかではなく、何か満たされない何かがあったからではないだろうか。ぽっかり空いた何かをクスリで埋めようとしていたのではないか。親からも誰からも愛情をもらえなったから、手を出したクスリを止められなくなったのではないだろうか。クスリにより学業も上手くいかなくなり、病気にもなり人生が狂った。私へのイジメは、クスリのほかに、彼らの唯一のストレス発散方だったのかもしれません。接点はないけれど、そう思うことで落ち着きました。もし私をいじめていた人が、今すごくハッピーで元気、または社会的に成功していたら???そうしたら悔しくて私はまた違う方向で動いたかもしれません。

 

・・・復讐について、とりあえず3つの例を挙げてみました。

 

イジメがよくない、という事はよく語られていますが、実際にイジメられた人が、どのようにその悔しさや怒りを発散も含めて乗り越えたら良いのかについては現実的な方法がなかなか語られていないのもまた事実です。でも、やっぱり弱かった子供時代の自分を毎日傷つけてきたイジメっ子のことが忘れられない人も世の中多い。そしてそれが今も自分の中で一つの怒りとなっているのなら、「穏健に」復讐に挑むのもアリだと私は思ってます。

 

でもよく考えると、私が書いたことは、世で俗に言われている「復讐」ではないのかもしれませんね・・・

 

イジメについて、 「イジメ・日本版」「イジメ・ヨーロッパ版(チン・チャン・チョーン!)」 、そして「イジメっ子に対する復讐」  と3段階で書いてみました。とりあえずはこれで終わりにしますが、またそのうちイジメについて思い出したら、長い目でこれからも書いていきますね。みなさんこれからもよろしくお願い致します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

追記:

 「復讐」に関しては、イジメられた被害者が悔しさを発散できればOK!&ヨシと私は思います。たとえば、2)で挙げたようなオープンカフェみたいに。みっともなくても何でも、本人(被害者)が満足できればそれでいいのではないでしょうか。というか「みっともない」なんて気にしちゃいられません。自分の被害者としてのモヤモヤを合法な道で発散させるのが先!!!なので、アカの他人がそこを「ハタから見るとみっともないからやめたほうがよい」と言うのはちがう気がします。

                                                            サンドラ・ヘフェリン

コメント

  • 私の場合は(3)の何もしない復習でした。
    親から聞いた話です。私をいじめたうちの一人は、小学校を卒業してから心療内科に通わなくてはいけないくらい、やばい状態になり、他の何人かは中学校に入ってからいじめられ、不登校になったとか。
    で、思いました。「散々人をいじめておいて弱い奴ら!人をいじめたんだったら、それくらい耐えなさい!」と心の中で呪ってあげました。
    いじめる奴らは本当は弱い。最近、それに気が付きました。
    これで気が済んだか?全然足りません!じゃあこれから復讐をすれば気が済むか?復讐を実行したら、もっとやりたくなると思います!それくらい、私は執念深いんだ、と今更ながら気づきました。 --; 私の場合はやたらと復讐はしないほうがいいと改めて思いました。

    1:19 PM Jannat
    • Jannatさん
       
      なるほど、Jannatさんの体験を書いてくれてありがとうございました!たしかに「完全に気が済むまでの仕返し」って、そうできるものではないのかもしれませんね。
       
      ただ、例えば本人が過去にイジメられた事について怒りを感じているのに、周りの人から「仕返しは、してはいけない事である」「もっと大人になりなさい」と言われ、それに疑問を抱いている場合には、自分が自信を持てるようになるためにも、周りのアレコレは聞かず、一歩「自分で動き出す」(たとえば仕返しをする)のは有効な手段だと思います。★サンドラ★

      4:04 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 前篇に続いてコメント

    日本の学校で、いわゆる「不良」がいる中で育って思ったのは、彼らの中には家庭内がうまく行ってない人がいること。また、陰湿なイジメをする子の中には受験などのプレッシャーがストレスになってる子もいる。

    イジメ対策として、教師はイジメっ子を注意するけど、それでは根本的な解決にはならない。イジメられる子のケアはもちろんだけど、イジメる子の心の闇を見る必要がある、このコラム読んで改めて思った。

    あと、罪を憎んで人を憎まず、ではないけれど、イジメを生む根本的な原因を探して、それを変える努力をするのが生産的って思う。

    6:26 PM Okamura Hyoue
    • Okamura Hyoueさん
       
      >日本の学校で、いわゆる「不良」がいる中で育って思ったのは、彼らの中には家庭内がうまく行ってない人がいること。また、陰湿なイジメをする子の中には受験などのプレッシャーがストレスになってる子もいる。
       
      ↑イジメをする人、というのは何らかの強烈なプレッシャーを受けている人だと私も思います。しかし、イジメられている人の中にも家庭でプレッシャーを受けている人は沢山いるので、そういう「家の中に居場所がない。学校へ行ったらイジメに遭う」子はほんとうに行き場がなくなってしまっていますよね・・・。
       
      Okamura Hyoueさんが書いていた「イジメる子の心の闇」という言葉、適切ですね。イジメをする人はハッキリ言って病んでいる。たとえばね、私の友達にすごく優しいYちゃんって子がいるんだけど(私だけが言ってるんじゃなくて、誰もが「Yちゃんは優しい!」って言ってる)、そのYちゃんと話をしていて思うのは、Yちゃん自身も親に優しくされて育ったということ。やっぱり、「イジメ」も「優しさ」も『流れる』ものみたいですね。つまり親に優しくされた子は、周りの人にも優しく接する傾向があり、親にイジメられた子は、他人をイジメる傾向にある、ということ。あとはね、優しくされて育ってイジメられた事がない人って『イジメ方』がそもそもわからないんですよ。逆に言うと『イジメ方』が分かっていてイジメをする子ってのは、家庭の中でイジメのヒントになるようなものを既に学んでしまっている、という事です。私は、イジメをする子を見ると、「家庭の中で酷い目に遭っているんだな」と思います。ただそれを、Okamura Hyoueさんが書いていた「イジメを生む根本的な原因を探して、それを変える努力をするのが生産的って思う。」まで突き詰めると、子供に愛情をもって接する事のできない人は子供を生むな!ってところまでに話が飛んじゃうんですけどね。★サンドラ★

      4:20 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私の場合は親にも恵まれてなかった(別に暮らしてた為)人に甘えたり自分の心の内を話す相手もいなかった。

    学校でいじめられても拠り所は学校だった気がする。

    いじめられたらいじめ返す!がまだ通る時代(40年程前)
    でもそれは日本人どおしの喧嘩に過ぎなくて私のように異国の血、異国の名前だとただの喧嘩では終わらない。

    親が出てくる。
    育ちが云々。
    混血が云々。
    外人=アメリカ人(私はドイツなんですけど~)=野蛮人=親の時代に聞かされた戦争の話。

    でもそんな事に気を使う事もないほど私は幼かったから(外国帰れ~)と言われたら
    (飛行機に乗った事ない田舎者~)と返してた覚えが(笑)

    時代と共に変わって来てると思うけど当時は外人=アメリカ人だった事に笑えちゃう。。。

    前にも書いたけど小学校の同窓会(40年ぶり)があったけど当時私をいじめてた人たちがまるで何事もなかったかのようにおべっか言って来た(~_~;)
    ここでは書けない程の言葉を並べられて唖然としたよ。

    あの方たちは私に言った言葉覚えてるのかしら!
    今となっては気にしてない自分なのだけどね。

    10:32 PM katarina
    • katarina!
       
      体験を書いてくれてありがとう!!
       
      同級生の親までもが「やっぱりあの子は外人の子供だから変」と言ってしまうのは昔だと、いかにもありそうな話ですね・・・。
       
      同窓会もほんとうに気になるテーマで、まだ先になると思うけど、ぜひ書いてみたいテーマです。イジメられたクラスの同窓会に呼ばれたらどうする・・・とかね。
       
      >前にも書いたけど小学校の同窓会(40年ぶり)があったけど当時私をいじめてた人たちがまるで何事もなかったかのようにおべっか言って来た(~_~;)
       
       ↑あ~あ、ですね(>_<)おそらくkatarinaの同窓会に参加した元イジメっ子の心理は「そんな昔のことなんか忘れろよー。」といったところでしょうか。もしくは完全に自分がイジメたことを忘れてしまっているとか・・・??基本、私は、イジメに時効はないと思っています。だから何十年経っても復讐は可能だと思ってる(笑)文化も関係しているかもしれませんね。ドイツは基本、「やられたら、やり返す文化」なんですよ。だから、仕返しをすることが悪いと日本ほど言われません。★サンドラ★

      4:33 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 皆さんの意見読ませて頂いて深刻な気持ちは十分わかるのだけど私のように50才になってしまうと
    どうも自分の経験を述べるだけで深刻さが薄れちゃうのね、
    だから年月が解決する事もなくはないと言う事でスルーしちゃって下さい(#^.^#)

    10:38 PM katarina
    • katarina♪
       
      katarinaが書いているように、年月が解決してくれることもあるでしょうね。
       
      私も年齢とともに丸くなってきた気がします(←本当か?・・・^^; )★サンドラ★

      4:38 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私もジャーナリストの方のように何かアクションを起こせていたら今なお心の中でモヤッとしているこの感情は無かったでしょうね。
    そんな暴力教師が数名と荒れ狂った不良と言われる生徒が沢山居た公立中学校でしたが、悪質で陰湿ないじめをするのはいわゆる育ちが良いと言われるようなエリート親をもつ子供達でした。
    家での良い子であるべきストレスを学校で発散するのでしょうね。

    渡米して二ヶ月ですが、アジア人イコール中国人は老若男女問わずですがここでは年をとっている人ほどあからさまな態度でばい菌扱いしてくる人も居ますし、大体外出先でも私は娘と日本語で話しているので英語が分からないと思って、真隣で「中国人はうんたらかんたら…」と話す夫婦に出くわす事数回。こう言う場合その人達に向かって、私達は日本人ですってわざわざ言うべきなんでしょうか?娘はアメリカ人でもありますが。
    娘は中国人と思われるのは構わない(田舎者過ぎて日韓中の差を知らない人たちだろうからと理解)だけど中国人だったら何なのさ!!と言い返してやりたいと言うのです。
    私達が外出するとまるで野生のパンダを見たかのような顔をする人が沢山居ます、笑

    日本の外国人=アメリカ人、と全く同じです。

    11:19 PM みどリリー
    • みどリリーさん
       
      興味深い話を書いてくれてどうもありがとう!私からのレスが遅くなってごめんなさい!
       
      >そんな暴力教師が数名と荒れ狂った不良と言われる生徒が沢山居た公立中学校でしたが、悪質で陰湿ないじめをするのはいわゆる育ちが良いと言われるようなエリート親をもつ子供達でした。家での良い子であるべきストレスを学校で発散するのでしょうね。
       
      ↑ありますね・・・。イジメをする子には、明らかに不良であるタイプと、表向きは大人に対して「いい子」を演じながら自分より弱い子をイジメるタイプがいますね。「あんな(よい)家庭の子がイジメをするわけがない」というような子がイジメをしていたりしますしね。その場合、みどリリーさんが書いていたように、親が子供に課したエリート教育や様々な命令、子供に対する制約が子供にストレスをあたえ、でも、子供は親に反抗はできないので、身近にいる自分より弱い者にあたってストレス解消をする、イジメをする、という構造が出来上がっていますね。
       
      ちなみに、昔のドイツ(ドイツにまだ専業主婦が多かった時代)の話として聞いた、次のような「イジメの流れ」があります。
      1)お父さんが会社で上司にイジメられる。上司には反抗できないので、
      2)お父さんは帰ってから、奥さんに暴言を吐いたりとイジメる。奥さんは(専業主婦で収入がなく離婚できないため)旦那に反抗できず、
      3)奥さんは子供を叩いたりしてイジメる。
      4)子供は飼っている犬をイジメてストレスを晴らす
      5)犬は来る人来る人にアグレッシブに吠えまくり。という構図。
       
      多少のちがいはあれど、この構図って、多くの「イジメ」にあてはまるのではないでしょうか。だから「イジメられている人」が絶対に他人をイジメないかというと、そうではなく、「他の人をイジメること」でストレス発散している場合がありますね。たとえば、前にみどリリーさんも書いていた気がしますが、アメリカなどでよく見られる、白人が黒人とヒスパニック系をいじめ、ヒスパニック系がまた今度はアジア系をいじめる、という構図がまさにそれに当てはまる、と思います。
       
      >渡米して二ヶ月ですが、アジア人イコール中国人は老若男女問わずですがここでは年をとっている人ほどあからさまな態度でばい菌扱いしてくる人も居ますし、大体外出先でも私は娘と日本語で話しているので英語が分からないと思って、真隣で「中国人はうんたらかんたら…」と話す夫婦に出くわす事数回。こう言う場合その人達に向かって、私達は日本人ですってわざわざ言うべきなんでしょうか?娘はアメリカ人でもありますが。
       
      ↑ほんとうにレベルの低い人達ですね・・・。しかしドイツにもこの手の人はいるので、気持ち、よくわかります。こういう人はアタマのレベルを疑うし、話し合いを試みたところで、話し合いにもならないと思うので、スルーがいいかも。でも、娘さんも言われると頭に来ますよね。頭に来た時は言い返す、というのでいいんじゃないかな。「私はアメリカ人よ!文句ある?!!!」って。
       
      >娘は中国人と思われるのは構わない(田舎者過ぎて日韓中の差を知らない人たちだろうからと理解)だけど中国人だったら何なのさ!!と言い返してやりたいと言うのです。
       
      ↑娘さん、正論ですね。ドイツもだいぶ減ったけど、20年、30年前はナチスの老人がいたりして、酷かった。だから老人こそがタチ悪い、ってのよく分かります。自分が狭い視野のまま70年も80年も生きてきて、老人だからと偉そうに「アジア人は汚い」(←みどリリーさんが書いていたアメリカの例)だの、「昔のドイツ(ヒットラーの頃)には外国人がいなくて素晴らしかった」(ドイツの例)などと過去を語られても、こっちは困惑。老人だから言い返すのやめよう、老人だからここは大目に見てあげよう、と思うか思わないかはそれこそ本当に「こっちの自由」だし。

       
      >私達が外出するとまるで野生のパンダを見たかのような顔をする人が沢山居ます、笑 
       
      ↑あーあ、ですね・・・・(>_<)★サンドラ★

      2:36 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 大変タメになりました…というか、とても興味深かった。
    私の場合、思春期に入った日本の地方の公立中で、周囲と私の生い立ちやそれまで生きていた環境が違いすぎて、私自身が目立ちたくないのに目立ってしまい「出る杭は打たれる」みたいな嫌味攻撃(年上や先生がメイン、頭の良い子からもあった)や、シカトに遭ったり(これは逆にあんまり頭のまわらないコンプレックスの強そうな子に「羨ましいから憎い」みたいな感じでやられた)、いろいろ陰湿なことはあったけど、表立って強烈な暴力や暴言を吐かれたことはなったので、見て見ぬふりをしていた輩も多いし、気づかなかった人も多いかも、と思った。
    でも、ここに書いてある(3)のようなことが次々と起こった。。。やはり何年も経ってからだけど、私にかかわったレベルの低いいじめっ子(大人も含む)は、なぜか心身を病んでしまったり事故を起こしてしまった人も多く、まだ若くして亡くなった人もいた。ちょっと可哀相に思ったけど、なんだか彼らには自分の将来を自分の手で破たんさせてしまう必然があったのかもしれない、、、思春期のいじめなんてただの若気の至りと思ってる人には理解できないかもしれないけど、私の感覚ではいじめ=犯罪、だと思う位なので、酷いいじめに主犯としてかかわった人っていうのは、おそらく犯罪に手を染めながら生きていくというのと同じくらい荒んでるところがあるのかもしれないな、と大人になってから思った私でした…でも私がそこの学校とかそういういじめ人たちとかかわったのは半年~2年に満たない長さなのに、今でもはっきり思い出すのは、私にとってはやはりトラウマになるほど嫌だった時代なので、彼らの顛末をを可哀相だなと思う気持ちは少しはあるけど、静かに復讐を遂げたような気分になった。
    あ、ドイツ語の、「人が不幸になることで感じる喜び」Schadenfreude(シャーデンフロイデ )って初めて聞いたけど、大脳生理学では、人間が実験で「他人の不幸は蜜の味」っていう感覚を実際に持つってことはある程度証明されているので、人間って怖いな~と思いつつ、こんな単語があるドイツ語は明快でいいなーと笑ってしまいました!

    12:13 AM N☆
    • N☆さん
       
      体験を書いてくれてありがとう!
       
      N☆さんが書いていた
       
      >私にかかわったレベルの低いいじめっ子(大人も含む)は、なぜか心身を病んでしまったり事故を起こしてしまった人も多く、まだ若くして亡くなった人もいた。ちょっと可哀相に思ったけど、なんだか彼らには自分の将来を自分の手で破たんさせてしまう必然があったのかもしれない、、、思春期のいじめなんてただの若気の至りと思ってる人には理解できないかもしれないけど、私の感覚ではいじめ=犯罪、だと思う位なので、酷いいじめに主犯としてかかわった人っていうのは、おそらく犯罪に手を染めながら生きていくというのと同じくらい荒んでるところがあるのかもしれないな、と大人になってから思った私でした… 
       
      ↑に私も同感。イジメって「たかが思春期のこと」ではないんですよね。本当に人間として病んでいる人がイジメをするわけなので、その後にその病みの結果として変なことが起きてもおかしくないわけで。とにかくN☆さんと同じく、イジメは犯罪というのは私も思っている事なので、いつかまたコラムに書くつもり!
       
      で、ドイツ語のSchadenfreudeという単語(名詞)、わかりやすい単語だよね・・・。イジメっ子がヒドイ目に遭ったらヒッソリSchadenfreudeを感じるぐらいはOKだと思う!★サンドラ★

      3:04 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 初めてコメントします。
    いつも、このコラムの記事を興味深く読んでいます。

    私は、50代の日本人男性です。
    両親共に日本人なので、
    このサイトの対象者ではないかも知れませんが、
    イジメにあっていた経験があるので、一筆書かせて頂きます。

    サンドラさんの著書は、
    これまでに、すべてではありませんが、
    何冊か拝読しております。

    ご著書への感想文を書くことは、
    今回の主旨ではありませんので、それは別の機会に致します。

    さて。

    私の場合ですが、
    幼い頃にいじめられた理由は、
    おそらくは、吃音つまりドモリであったことと、
    体が弱かったことが大きかったような気がします。
    性格的に弱かったことも、一因かな。

    私が、うまくしゃべれず、顔をゆがめて必死になっていると、
    よく、私の表情のマネをされ、笑われたものです。

    また、いじめる方もいじめられる方も男同士ですから、
    肉体的な暴力があったことは、言うまでもありません。
    具体的な被害は、とてもここでは書けませんが・・・。

    「復讐」については、
    おりにふれて、いろいろなことを考えたものです。

    私も、
    「許すことの大切さを学びなさい」と言われたものです。

    しかしながら、
    どうしても、許すことが出来ませんでした。
    いや、
    今も許しているわけではありません。

    言いたいことがありすぎて、うまく書けないのですが、
    ある本を例に挙げて気持ちの一端を述べたいと思います。

    その本は、
    数学者・藤原正彦氏の書かれた「遥かなるケンブリッジ」です。

    藤原氏が、ケンブリッジ大学に招聘され、
    ご家族でイギリスに住んでいらっしゃった時の経験を
    書かれた本です。

    藤原氏の息子さんが、いじめの対象となったのです。
    藤原氏も奥様も日本人ですから、息子さんもハーフではありません。

    息子さんの「異変」に気付いたとき、
    藤原さんは、息子さんに対して、最初、
    いじめてくる奴らに反撃して、返り討ちにせよ、と指導したのです。

    これには、奥様が反対され、
    藤原さんの同僚のアメリカ人教授も、反対されました。

    それでも、藤原氏がこのように言った理由は、
    ご自身が、
    少年時代にケンカでは誰にも負けたことがなかった経験、
    つまり、オレの息子だからケンカには強いはずだ、
    という思い込みと、
    もうひとつ、
    このときの藤原さんが、
    初めて経験する「イギリスの知的エリート」の社会で
    最初のうちは、なかなか受け入れられず、
    心を開いて話せる同僚はアメリカ人のみで、
    ご自身が、
    大学で「いじめられて」いると感じていて、
    「父さんもがんばっているんだから、オマエもがんばれ」
    という気持ちでいらっしゃったようです。

    次第に事態の深刻さに気付いた藤原さんは、方針を変えます。

    息子さんに、味方はいないのか?と問うたのです。

    すると、
    一人の黒人のイギリス人少年が、
    いつも助けてくれているとのことでした。

    ここで藤原さんが感心なさったのは、
    日本であれば、少数派になることをおそれて、
    四面楚歌、すなわち全員が敵になることが容易に想定されるのに、
    イギリス人は、
    他の全員が敵でも、
    堂々と一人で少数派の側につくということだったそうです。

    藤原家では、この唯一の味方の少年を家に呼び、
    家族一同で歓待し、彼から学校の内情を聞き出し、
    彼を突破口として家族でチカラをあわせて対抗し、
    最終的には、
    学校の校長先生に事情を話し、「解決」したそうです。

    ここで、
    解決という言葉にかぎかっこを付けたのには、ワケがあります。

    私は、
    最後の場面を読んで、思わず、
    「ふざけるな!」と叫んだのです。

    「解決」とは、
    学校の校長室に、
    校長先生をはじめ、先生方、被害者加害者双方の家族、
    当事者の少年たち、全員が一同に会し、
    校長先生の音頭で、
    加害者たちが藤原氏の息子さんに謝罪し、
    被害者と加害者の本人同士が握手し、
    同席したオトナたち一同が拍手する、
    というものだったのです。

    私は、このくだりを読んで腹が立ちました。

    「じゃあ、謝りさえすれば、それで良いのかよ!」

    「毎日毎日いじめられて、夜、枕を涙で濡らして、
    学校に行かねばならない時間になると気分が悪くなって、
    学校でも、いつもおびえていて、という日々をおくっていたのが、
    最後は、『ごめんね』で終わりかよ!」

    ということです。

    「あの、永遠に続くかも知れない辛い日々をどうしてくれるんだよ!
    奴らを同じ目にあわせなくて、何が『解決』なんだよ!」
    と思ったのです。

    ところが、
    私が、この読後感を知人に話すと・・・

    「人は、許すことを学ぶべきだ」
    「あなたの被害者意識の強さは病的だ」

    などなど、さんざんに言われてしまいました。
    誰一人として、同意してくれないのです。

    実は、
    私自身のイジメの解決も、
    ここまで大掛かりではなかったものの、
    似たような方法だったのです。

    当時、
    気持ちも体も弱く、
    言葉がなめらかに出てこない私には、
    その「解決方法」を受け入れるしかなかったのです。

    たしかに、
    それで、そのイジメはなくなりましたが、
    根本的な解決にはなっていないという不満をいだきつつ、
    これまでの人生を生きてきました。

    いまだに、
    当時のことを、おりにふれては思い出します。
    そして、
    いまだに、
    自分の心のなかでは「解決」していないのです。

    「遥かなるケンブリッジ」を読んだときに、
    自分自身の経験を思い出したのですが、
    今回も、
    サンドラさんの一連の記事を読んで、
    あらためて、さまざまな記憶がよみがえり、
    一筆書かせて頂こうと思った次第です。

    「ハーフ」がテーマのサイトでは、
    主旨にはずれるコメントかも知れませんが、
    読んで頂ければ幸いです。

    ほかにも、イジメの体験談を書籍や雑誌の記事で読むと、
    とても、他人事には思えず、
    読みながら、全身の血が逆流してしまいます。

    とても、水に流すという気持ちにはなれないのです。

    2:54 AM terre12756
    • terre12756さん
       
       
      読んでくださって、そしてコメントくださってありがとうございます。詳しく書いていただいてうれしく思います。このサイトは確かに「ハーフ」に関するサイトですが、たくさんの方に読んでいただきたいし、ハーフでない方からのコメントももちろん大歓迎です。とくに「イジメ」に関しては、ハーフだけがイジメに遭うわけではありませんし、ハーフでない方が体験談を書いてくださることも同じぐらい貴重です。
       
       
      「どもる」子供は、どこの国でもイジメられやすい、という現実がありますが、私はイジメるのはダメだと思ってます。「どもる」子を見ていて、「おかしかったから」「見ていて笑っちゃうから」「そもそも、どもるほうがおかしい」「どもるのはバカ」「どもるのは精神障害」、「どもるんだからイジメられても仕方ない」などという「言い分」は全部、イジメの言い訳になっていないと思ってます。「どもる子を見ているとイライラする」と言う人もいますが、それはその人がイライラを乗り越えなければいけないこと。
       
       
      さて、terre12756さんが書かれていた藤原正彦氏の「遥かなるケンブリッジ」について。

       
      >最後の場面を読んで、思わず、
      「ふざけるな!」と叫んだのです。

      「解決」とは、
      学校の校長室に、
      校長先生をはじめ、先生方、被害者加害者双方の家族、
      当事者の少年たち、全員が一同に会し、
      校長先生の音頭で、
      加害者たちが藤原氏の息子さんに謝罪し、
      被害者と加害者の本人同士が握手し、
      同席したオトナたち一同が拍手する、
      というものだったのです。

      私は、このくだりを読んで腹が立ちました。

      「じゃあ、謝りさえすれば、それで良いのかよ!」

      「毎日毎日いじめられて、夜、枕を涙で濡らして、
      学校に行かねばならない時間になると気分が悪くなって、
      学校でも、いつもおびえていて、という日々をおくっていたのが、
      最後は、『ごめんね』で終わりかよ!」

      ということです。

      「あの、永遠に続くかも知れない辛い日々をどうしてくれるんだよ!
      奴らを同じ目にあわせなくて、何が『解決』なんだよ!」
      と思ったのです。

       
      ↑お気持ちわかります。何年にもわたる苦悩を「ごめんね」の一言で即「解決」としてしまう単純さに頭来ますよね。大人になって社会に出て、例えば窃盗をした時に、「ごめんね」の一言では済まされないし、犯罪をした者が「ごめんね」の一言で無罪になるわけでもない。なのに、イジメに関しては「謝った」ことが美談のように語られ、即「解決した」、そしてそのイジメられがほうがスグに過去を忘れるべき、というのは腑に落ちないですよね。たしかに藤原氏がイギリス人のパフォーマンスにのせられてしまったのかもしれません。ただ、「本」というのも、やっぱり「わかりやすく」書く事が重要視されます。話に「わかりやすいオチ」があることも求められます。それは著者がその事を重要視している、というよりも、出版社側が「わかりやすさ」を求める部分もあると思います。だからあえて「わかりやすさ」を出すために、「これで解決した」というふうに言い切った(書き切った)可能性もありますね。本を書く、本をつくる、というのは、作者本人の意思をそのままストレートに書いて出版できるものでもありません。そこにはやっぱり「わかりやすいオチ」があったほうが、読む人にとって分かりやすい、ということで、あえて「解決」を本の中で強調した可能性もあるし、そこはなんとも言えませんね。作者の藤原さんが本当に「それで息子のイジメは解決した」と思ってらっしゃるのかもしれませんが、本を作る上で「これで解決」と書く手段をあえてとったのかもしれません。★サンドラ★

      3:42 PM サンドラ・ヘフェリン
  • もし虐めると、将来にそのいじめていた子が務めている会社で自分の上司になっているかもしれない。。。だから、いじめはしないほうが良いかも。。。
     
    だけど、この前にこんな引用を何処かで読んだ:
     
    「人を恨むことは、自分が毒を飲んで相手が死ぬのを待っているようなもの」、と
     
    怒りを持つということは、自分に毒。恨むことは自分に毒。結局は、怒ったり恨んだりするほうが、自分にとって損だし、恨まれている方にもあまり影響や損害はない。だから、深い怒りや恨みを持つことは出来るだけ少ない方がいい。これは相手の為ではなく、あくまでも自分の為。自分が損するか得するか、自分が不幸であるか幸せであるかの話。慢性的な怒りを持つと体にも悪い。精神的にも損害がある。人生で最もハッピーな人達は、そりゃ怒り、憎しみ、妬みや恨みが少ない方の人達だろう。
     
    やっぱり、一番気が晴れる復讐とは、相手を許して、忘れることだと思う。「どうでも良いや」とか「よく考えると、そんなに酷くはなかった、あまり深く憤慨するのは過剰反応だ」とか「いじめっ子にもある事情があったのだろう」とか考えて、忘れるほうが気分は晴れると思う。もし相手がどうしても許せないのなら、まず最初は自分の為にでも許しておけば良い。騙されたと思ってでも相手を許す。相手を許した後は、次は同情でさえできる。そしてまたその次は相手に愛情でさえ持つことも。。。
     
    もしそれが難しいのなら、もし相手があまりにも酷くてどうしても許せないのなら、「恨んでもどうしようもない、怒ってもどうにもならない、自分が苦しむだけだ」と考えれば良いと思う。恨んだり怒ったりする方が自分にとって損、と考えれば良い。人は怒れば怒るほど怒りは増える。そして怒りは多い程人は不幸になる。しかし、毎回毎回怒った時に意識的に怒りを抑え怒りを冷やそうとすると、だんだんと徐々に怒りは収まって減っていく。そんなことをずっと徐々に続けておくとちょっとやそっとでは怒らないようになる。怒りがなければ人は許しやすい、傷が付きにくい。
     
    人はなぜ傷付くのか。逆説的に、人は自分を守れば守ろうとするほど、自分に傷付きやすい。人はプライドが高い程プライドを守る必要があり傷付きやすい。自分を過剰に保護しようと思う概念が最後に自分を一番傷付ける。自己中心的な思想は後には絶対に自分に傷つく。自分のことばかり考えて結局は自分に傷つくのならば、相手のことを考えておくようにすれば良い。「自分」が存在しなければ、「自分」がまず傷付くことはあり得ないのだから。もし「自分」が存在しなければ、悪口なんて言われたってどうってことがない。どれだけ相手に矢を打たれたとしても、自分の「的」が存在しないのだから。

    10:13 AM AF
    • AFさん
       
      >もし虐めると、将来にそのいじめていた子が務めている会社で自分の上司になっているかもしれない。。。だから、いじめはしないほうが良いかも。。。
       
      ↑まさにその通りです。時間が経って、いつ、イジメられっ子が、自分より「上」になるかわかんないし、仕返しをされないとタカをくくっているのであれば、それは大間違いだし誤算だと思います(笑)
       
      AFさんが書いていることは、簡単に書くと「幸せになったほうが勝ち!」ということですよね。私も「自分が幸せになること」が一番だと思う。
       
      ただ、「復讐をすること」や「仕返しをすること」も否定はしたくない。それに、実を言うと、なぜ復讐や仕返しについてあえて書いたのかと言うと、これを読んだ人に「仕返しが怖いからイジメはやめておこう」と思ってほしいからです。
       
      イジメをする側というのは、そもそも認識が甘く、「どうせイジメても、仕返しはされないだろう」とか「時間経ったら忘れてくれるだろう」とか調子のよいことを考えているわけです。なので、私は「仕返しをするほうが大人気ない」「仕返しはしないほうがよい」などと書く気には到底なれない。
       
      私はあえてしつこいぐらいに「仕返しは、されて当たり前」だというメッセージを発したいですね。イジメっ子がこれを読んでいたら、これはヤバイ…何年か後に仕返しをされるかも、と思ってもらわないと。★サンドラ★

      4:27 PM サンドラ・ヘフェリン
  •  僕は、ジャーナリストでサンドラの友だちですが、本を書いてイジメに報復したジャーナリストではありません。
     そのジャーナリストの気持ち、よくわかるし、同じ立場だったら同じことをやりたい衝動に駆られると思うけれど、同じジャーナリストとしては感心できない手口だなあ。一歩間違えるとメディアの”暴力”になりかねないからです。 とは言え、本まで書いちゃうのは凄い執念、尊敬してしまいます。
     イジメ教師を夜中に襲って裸にして校庭の木に縛り付け、首から「私はイジメ教師です」なんて書いた札をぶらさげておく、なんてのは、痛快で面白いんじゃないかな。僕の好みです。まあ、犯罪になるでしょうが、きっと表沙汰にはならないでしょう。 
     提案ですが、痛快、陰湿、過激、バカバカしいもの、なんでもいいからイジメへの復讐の具体例を集めて本にしましょう。手伝います。

    12:18 PM mustafa suzuki
    • mustafa suzukiさん
       
      あははは。
       
      実は、痛快&過激な復讐ネタ、私も何件か持ってます。今回のこのコラムは復讐は復讐だけど『穏健版』だったので、いつか『過激版』についても実例を紹介するつもりです。今度、鈴木さんに会った時に話すね。とても女の子の復讐とは思えないスゴイ内容のものもあるので、楽しみにしていてください★サンドラ★

      4:41 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 「復讐」と聞くと巌窟王や日本の昔の親の仇討ちを連想してしまうのですが、サンドラさんの紹介している3つの例とも、これらと共通した「痛快さ」を感じさせます。ただ、いじめへの復讐は相手への懲らしめだけではなく、自分の心の傷を癒すという側面が強いことが、このコラムや皆さんのコメントを読んで分かりました。確かに、「時が解決してくれる。」「相手も当時は子供であって、もう時効だ。」というような、安易な考えでは済まされないことなのですね。人は現在だけに生きているのではなく、時空世界で生しているのですから、時には過去に遡って問題の解決を積極的に図らなければならないのでしょう。「復讐」は、相手個人との解決法としては、書かれているように有効なのだと思います。

       ただ、(3)のように考えることは、サンドラさんのように人徳を持った人のみができ、(1)はジャーナリストとして社会的に発言に機会を持つ人ができ、(2)は大人になって成功し、相手を見返すことができる人ができるのだと思います。このような能力を持たない人が、どのような「復讐」をできるものなのか、考えさせられます。さらに大人になっても子供時代の人間関係が続いているようなケースではどうしたらよいのでしょうか。

       前にもコメントで書いたのですが、いじめの背景には、子供の世界だけでは解決できない大人世界の社会的な問題や、学校教育システムの欠陥があるのではないでしょうか。特に、書かれているように教師がいじめに加担していたなどということを聞くとそのことを強く思います。個人的な「復讐」は確かに痛快ではあるのでしょうが、当時の社会システムへの「復讐」、そしてそれが現在も残っているのであれば、それへの「反撃」が重要なのではないかと思うのです。これには文筆がやはり力を発揮するのではないでしょうか。

       Schadenfreudeはそもそもいじめの源なのではないかと思いますし、攻撃性や好戦性と共に人間が生態系の頂点へ上りつめる淘汰の過程で身につけた特性ではないかと思うのですが、いじめへの「復讐」の動機となりうるのは面白いですね。

    1:44 PM JUN
    • JUNさん
       
      コメントありがとうございます!!
       
      JUNさんが書いてた
       
      >ただ、(3)のように考えることは、サンドラさんのように人徳を持った人のみができ、(1)はジャーナリストとして社会的に発言に機会を持つ人ができ、(2)は大人になって成功し、相手を見返すことができる人ができるのだと思います。このような能力を持たない人が、どのような「復讐」をできるものなのか、考えさせられます。
       
      ↑ごもっともなご指摘です。私に人徳があるかどうかはともかく、「このような能力を持たない人が、どのような「復讐」をできるものなのか、考えさせられます。」ということは、JUNさんのおっしゃるとおり考えていかなければいけませんね。ただ、私の印象だと、性格的に勝気な人が仕事でも「負けたくない!」気持ちが強く、このようなタイプが「復讐」にも挑むのだと思います(笑)逆に、復讐の気持ちがどこかにいってしまったのと同時に生きる活力や生きることへの欲そのものが失われてしまった俳人同然の人もいます。私の性格上、そういう人には「立ち上がって復讐しろ!」と説教したいところですが、そこはグッと我慢。色んな生き方があり、復讐をするもしないも、今をどう生きるかも全て個人個人の自由です。だから仕事を追いかけて幸せになる人もいれば、恋愛に満たされて幸せになる人もいるし、放浪生活が一番幸せ、という人もいます。私の観察したところ、放浪生活や、その日暮らしが大好きな人で復讐に燃えているような人には会ったことはありませんね。やっぱり人それぞれ「タイプ」というのが多からず少なからずあるのだと思います。
       
      ところで、JUNさんが書いていた
       
      >さらに大人になっても子供時代の人間関係が続いているようなケースではどうしたらよいのでしょうか。
       
      ↑ですが、これはどういう場合でしょうか?私が日本で観察したのは、親に幼い頃に虐待されたにもかかわらず、親と同居をし病気の親を介護する人がいる、ということですが、親の介護をしながら、自分の子供を虐待する人もいますし、なんだかなあ、と思います。ドイツの感覚だと、親だから、といって全てを許す人ばかりでないですね。だから自分を虐待や性的虐待をした親に対して成人してから裁判を起こし、親と法廷で戦うドイツ人もいますし、ドイツ的な感覚で言うと、自分をイジメた親を介護する、とかあり得ないですね・・・。私は親子関係を書きましたが、JUNさんはどのような「人間関係」を指しているのか興味があります。
       
      >前にもコメントで書いたのですが、いじめの背景には、子供の世界だけでは解決できない大人世界の社会的な問題や、学校教育システムの欠陥があるのではないでしょうか。特に、書かれているように教師がいじめに加担していたなどということを聞くとそのことを強く思います。個人的な「復讐」は確かに痛快ではあるのでしょうが、当時の社会システムへの「復讐」、そしてそれが現在も残っているのであれば、それへの「反撃」が重要なのではないかと思うのです。これには文筆がやはり力を発揮するのではないでしょうか。
       
      ↑必ずしも個人のみの問題ではなく、システム全体にに問題があるのは否定できないでしょうね。システムに問題のないところにイジメは起きにくいですから。やっぱり生徒に強制的に何かを強いる変なルールが多い場でこそイジメは置きやすいし、上下関係が厳しいところでもイジメは起きやすい。全員が「ムリをさせられている場」でイジメが起きやすい。これはたしかに訴えていかなければいけないことですよね。

       
      >Schadenfreudeはそもそもいじめの源なのではないかと思いますし、攻撃性や好戦性と共に人間が生態系の頂点へ上りつめる淘汰の過程で身につけた特性ではないかと思うのですが

       
      ↑JUNさんが書いている通りだと思います。私自身は、イジメた人への感情としてSchadenfreudeシャーデンフロイデは持ってよいと考えています。★サンドラ★

      5:00 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私は(2)に近いです。かつて自分を苦しめた人たちが、地元で冴えない生活をしているのを見て、吹っ切れる という気持ちがとてもよく分かります。
    私の場合も、社会人になってから、冴えない地元の旧友たちを見て、”狭い世界(学校)の中では私を異質な人扱いし、名前や容姿で人をばかにしていた子達も、大人になればこんなもんか・・” と、子供の時のみじめだった気持ちが落ち着くようになりました。
    仕返しといっても、直接手を下しているわけではないのだから、それでその人の気がすむのであれば、良い方法な気がします。実際、吹っ切れるといったって、子供の頃から受けてきた差別の蓄積による心の傷が消えるわけではありませんが、頑張って生き続けてやる という気持ちを持つには有効だと思います。

    1:46 AM ちえ
    • ちえさん
       
      コメントありがとうございますm(__)m
       
      イジメは狭い世界(同じ価値観であることが強制される場、かつ毎日毎日同じ人達と顔を合わせる場)で起きやすいですね。軍隊しかり、運動部しかり、そして学校のふつうの「クラス」も。
       
      少し違う話になりますが、その時のイジメっ子の「立場」、イジメられっ子の「立場」というそれぞれのその時のグループの中での立ち位置や立場というのは、どんなに時間が経っても自然に逆転する事はまれですから、こちらから強気に「ふん!」とやらないとダメだっていうのもあると思います。いつか同窓会に行って「ふん!」とやる元イジメられっ子の話も書きます!またコラムにお付き合いくださいませ★サンドラ★

      10:25 AM サンドラ・ヘフェリン
  • はじめまして。ドイツに長く在住する日本女性です。サンドラさんの記事、コラムいつも興味深く拝見してます。
    ドイツで学校に通う息子はそれほどひどいいじめには会ってませんが(外見完璧日本人です)、それでもアジア人は醜いだの、Schlitzaugenだのとはやし立てられた時期(小2)がありました。
    殴り返したりすると学校で逆に罰せられるので(いじめっ子というのは先生の前で良い子ぶるのが上手)なるべく手を出さないようにとなだめていましたが、ある日余程頭に来たのか、思いっきり殴り返したらそれでいじめは終わったそうです。こんな風に無事?解決する事は稀だし、この仕返しが良いものとは決して思ってません。
    私は息子にこう言い聞かせました。いじめをしてる子は心のどこかに闇を持ってるのだよ。大体は家庭で悩みを抱えているとか。すごく不幸な人間なのだよ。こういう子は、いつかつらい人生を送る事が目に見えてる。もし不幸から抜け出して幸せな人間になるとしたら、その時は過去のいじめを恥じると思う。かわいそうな人間なのだよ。私達は彼らを助ける力もないし、責任も無い。ただ、そんな屑な人間のために、殴り返して学校から罰を受けたり、それが14歳以降だと警察沙汰になったりするのは、こちらにとってとてもバカらしい事。彼らはこちらがそんな厄介な問題に巻き込まれる価値の無い人間。くだらない人間のせいで自分をまずい立場に陥れる必要は全くないと。たぶんSteaven Covey?氏の本にありました。人間は唯一、刺激と反応の間に自分の意思を入れる事ができると。どんな刺激にも、どう反応するかは自分の意思で決められると。これはユダヤ収容所で虐待されても自分を持ち続けた方の言葉だそうです。
    つらいけれど、いじめに反応して『つらい』と反応するか、『私以外の誰も私の尊厳を傷つける者は居ない』と無視するか、その選択は自分にあるという事。これはたぶんものすごい訓練が必要なのでしょうけれど、なにも偽善で言うわけではなく、自分を救うためにはこれが一番の方法なのではと思っています。
    殴り返してしまった息子には、先生に見つからなくて良かったね。でも、もし見つかったら損をするのは自分だから、気をつけるのだよ、と言いました。(学校には当時いじめの存在を報告しましたが、一切何も対処してもらえなかったのです。)
    と、いう事で、サンドラさんの復讐方法3に同感。これはいじめにあった時点でもう予想できるものとしてよいと思います。いじめられてる自分の方いじめっ子より幸せなんだと思える屁理屈を自分に言い聞かせる。自分の家庭も不幸という方もいるでしょうが、それでも人間として、いじめる人間より確実に上です。これが私のいじめ対処方です。もちろん私もアジア人として時に変な人間にドイツで絡まれる事もありますので、そういう人間には、心の中で 『こいつはなんて人間として醜いのだ、絶対不幸な人間だ。世界の広さを知らない田舎物だ』とあざ笑うよう努力してます。

    3:25 AM Marie
    • Marieさん
       
      コラムをいつも読んでいただいてありがとうございますm(__)m
       
      >もちろん私もアジア人として時に変な人間にドイツで絡まれる事もありますので、そういう人間には、心の中で 『こいつはなんて人間として醜いのだ、絶対不幸な人間だ。世界の広さを知らない田舎物だ』とあざ笑うよう努力してます。
       
      ↑それが一番ですね。田舎者だとも思うし、私はもうちょっとアグレッシブなので、ゴミ・クズだと思っててそれを態度にも出しちゃうかも。アナタかわいそうね?って上から目線で。
       
      そしてMarieさんが書かれていた息子さんのドイツの学校のこと、私もドイツの学校に通っていただけに、とても想像できます・・・。白人の子供達の中に一人アジア人の子供がポツンといる、って本当に辛いんですよね。必ず変なことを言う子達が出てくるから・・・。
       
      ところで
       
      >たぶんSteaven Covey?氏の本にありました。人間は唯一、刺激と反応の間に自分の意思を入れる事ができると。どんな刺激にも、どう反応するかは自分の意思で決められると。これはユダヤ収容所で虐待されても自分を持ち続けた方の言葉だそうです。
       
      ↑そうですね。そして収容所を生きて出てこれたユダヤ人、または家族を殺されたユダヤ人が戦後、暴力等でドイツ人に復讐せず、Simon Wiesenthal Centerのように組織として一生をかけて冷静な復讐をしていく、というのはとてもお手本になる復讐の仕方だと個人的には思っています。「復讐」といっても「衝動にかられての復讐」でなく、長くプランニングされた復讐は素晴らしいと思います。というか、復讐というよりも悪い人は裁かれて当たり前なんですけどね。その当たり前のことがなされていないから、組織を立ち上げる必要もあったわけで。
       
      ナチスに対する復讐(裁きと言ったほうが的確かも)については私はすごく興味があって、個人的には、ドイツのダッハウ強制収容所を生き残ったユダヤ人Lothar Hermann の話が好きかな。このLothar Hermannは戦後、子供と一緒にアルゼンチンに住み始めるのですが、娘のSilviaが十代になった時に、お家につれてきたボーイフレンドが、なんとナチス犯罪者Eichmannの息子Klaus(同じく十代)だったのです。当時、アルゼンチンにはホロコーストを生き残ったユダヤ人が多く住み、同時にナチスの元幹部もアルゼンチンに多く三伏していました。そのアルゼンチンの狭いドイツ系社会(ドイツ語圏の社会と言ったほうが的確かもしれない)で、「被害者のユダヤ人」と「ナチス」の「バッタリ率」は高かったようです。異国での狭い社会で会いたくなくても同じエリアで動いているから会ってしまう。娘Silviaの彼氏であるKlausの言動(「戦時中はプラハに住んでいた」という発言。あと様々なユダヤ人蔑視の発言。)を不審に思った父親Lothar Hermann は独自に調査を開始し、娘のボーイフレンドの父親があのEichmannだという事実を突き止めます。そこから何年間も動き、ついにはEichmannはイスラエルに誘拐されイスラエルで処刑。この父親Lothar Hermannは、Eichmannになんとしてでも復讐したい、と思った際に、娘Silviaに被害が及ぶのではないかと心配をし娘をアメリカに行かせるなどしなければいけなかった。復讐をするにも沢山の問題があり簡単ではなく自分が犠牲にしなければいけないこともたくさんあった。でもそれでも諦めず何年間にもわたり冷静にコトを進めたこのLothar Hermann には感心せざるを得ないし私はこういう話に感動してしまいます。学校の「イジメ」に対する仕返しと戦争犯罪者への仕返しは次元が違うと言われればそれまでですが、「仕返し」や「復讐」の手順の話をした時に非常に参考になる話だとは思います。そして忘れてはならないのは、ユダヤ人迫害も「イジメが悪化した結果」だということです。イジメが迎えた最悪の結果がホロコーストです。そう考えると、そんなに「ちがうテーマ」でもないのかもしれませんね。★サンドラ★

      11:24 AM サンドラ・ヘフェリン
  • 私は、このコラムにあるようないわゆるいじめではないけれど、からかいや暴力を受けていたことがあるので、その経験から自分の考えを書きます。
    私の場合は、昔私をいじめていた人たちにはもう関わりたくないです。私の場合、いじめていた側に法的制裁や彼らの不幸などを望んでいたのではなく、ただ自分がしたことを認めてあやまってほしくて、手紙を書いたり直談判したり自分ができることは全てやりきったつもりです。そのときのカタルシスや手紙を書いたことで自分の気持ちが整理されたことは素晴らしかったので、その点はやってよかったと今も思っています。
    しかし、手を尽くしても相手が謝罪することはありませんでした。それどころか相手は、暴言でさらに攻撃しかえしてこようとしました。そのことはかなりショックで打ちのめされましたが、そこで私はいじめていた側に対し、「絶対あやまらせてやる!なんとかぎゃふんと言わせてやる!」とは思いませんでした。これだけ、話しても何一つ認めようとしないのだから、この人たちにこれ以上関わっていても心からの謝罪が聞かれることは永遠にないと思うし、時間の無駄だと感じたし、人の気持ちというものが存在していることさえも気づいていないような相手が気味悪くすら思えたので、はやいとこ退散しよう!という気持ちになりました。
    当初は、彼らには私がしあわせにしていることも知られたくないという気持ちがありました。しあわせを壊しに来られたらと思うとこわかったからです。最後に顔をあわせてから随分たち、今ではおびえる気持ちわずかになりましたが。今後さらに時間がたてば、トラウマが引き起こすおびえは消えていき、自分のしあわせを守りたいという自然で健全な防衛本能だけが残っていくでしょう。
    そして今後の私のスタンスとしては、いじめた側を多分一生許せないし、許す必要もないと思うので許さない。いまだにたまに沸き起こる怒りを圧し殺しはしないけど、けして怒りに支配はされないように自分の生活を大切に生きていきたい。恨みでなく、いじめた側はなんであんなことをしたんだろう?と自分なりに分析して、自分の人生にいかしていきたい。自分なりに分析してみると、いじめた側のいじめたくなった気持ちが少しわかるような気がすることが結構ある。そんなとき「ああこれが人生の落とし穴なのか!私は入らないようにしよう!」とよく思い、気付けただけ自分の人生がよい方向に向かった気がしてうれしいのです。

    みなさんのコメントを読んでいると対処法はほんとに十人十色ですね。
    私もコラムのような「復讐」をして、いじめられた側の気持ちが晴れたならそれでいいと思います。人はみな晴れやかな気持ちで生きていく権利があると思いますし。

    しかし、大切なのはいじめられた本人が最終的に自分の意志で対処法を選択することだと思います。ここにあげられたどの対処法にも一理あると思いますが、どの対処法がその人(いじめられた人)の性格に合うのか、状況改善に適切なのかはケースバイケースでしょう。どのような意見も誰にでも有効な万能策ではないのです。
    だからこのような場でたくさんの種類の意見が並ぶことがとても意義深く感じます。選択肢がたくさんあれば、そのぶん自分にあった対処法が見つかる確率が上がるのだから。

    いじめられた側が子供の場合、大人が子供に対処法を提示したり実際対処したりする必要が増えると思うのですが、提示の仕方に注意すべきと私は思っています。
    コラムのいじめの回でもコメントしたのですが、大人がある対処法を提示すると、その口調の強さや命令的か否かは問わず、子供はその方法が絶対的なもので、もしその方法が自分にあわなかたったら自分がダメな子だからできなかったんだ、と思い込んでしまいがちだと思うのです。
    例えば大人に「許すのが一番だよ」と言われてもその子供の中に「復讐したい」という気持ちが不完全燃焼のまま残っていたら、子供は「許せない自分て心が狭いんだろうか」と罪悪感に苦しむことがありそう。
    逆に大人に「やり返せばいいのに」と言われても子供は攻撃的な対応を好まない子であった場合、「やり返したくない自分は弱虫でダメな人間なんだろうか」と強さを強いられた気がして苦しむかもしれない。
    子供時代に植え付けられた自己否定感はその後の人生を生きづらくするので避けたいところだと思います。
    そう考えると、大人がすべきことは、子供の傷ついた気持ちを受け止め、ケアした上で、こんな対処法がある、と色々提示することかなと思ったのですが、どうでしょうか?
    大人が色々な対処法を並べることは、子供の目には大人の意見が不安定なようにうつり頼りなく感じるものでしょうか?

    11:05 AM ゆり
    • ゆりさん^^
       
      ゆりさんは手紙を書いてイジメっ子に分かってもらおうとしたのですね。
       
      >しかし、手を尽くしても相手が謝罪することはありませんでした。それどころか相手は、暴言でさらに攻撃しかえしてこようとしました。
       
      ↑というのを読んで悲しくなったとともに、やはりイジメをするような人は反省をしないんだな、と再確認した次第です。普通にストレートに説明をして謝ってくれないのですから、私はやっぱり痛快系復讐のほうに魅力を感じてしまいます(笑)された事をイジメっ子に「アナタこういう事したでしょ。私は悲しかったんだよ。反省してね。」ではなく、もっとギャフンと言わせたい。まあ人それぞれですけどね。
       
      下のほうにもゆりさんコメントくれているので(ありがとう!)、下のほうで長めのレスしますね!★サンドラ★

      11:39 AM サンドラ・ヘフェリン
  • 怒りの発散について明記し忘れてました。
    私の場合は、夫や友達など似たような経験をした人と話すことや似たような境遇の映画や本を読むことで怒りを発散しています。
    そして、怒りや悔しさや落ち込みが落ち着いてきたら、分析してこの経験をいかに自分の人生に役立てるかを考えるようにしています。
    いじめた人に関しては、もうどうなってほしいとも思わないので、ただ私の人生を邪魔することのないよう距離を置くことだけを心がけています。
    これはもちろん単に私に一番しっくりくる対処法で、色々な対処法の一例です。

    7:08 PM ゆり
    • ゆりさん
       
      ゆりさんが書いていた「自分の人生に役立てていくこと」。たしかに一番大事ですね。
       
      よい意味で自分中心になって、自分の人生にどんな経験も役立てたいですね。★サンドラ★

      11:41 AM サンドラ・ヘフェリン
  • 人を呪わば穴二つと言います。
    差別といじめと、被害者になった場合、
    心の整理をどうつけるかが課題ですが、
    私は常にこの「人を呪わば・・」が頭をよぎるので、
    積極的な報復措置は取らないほうです。
    サンドラさんの1のような措置ができたら、
    さぞ、「スカー」っと気分が晴れるんでしょうし、
    気の利いた一言で、やりかえせたら、鬱々せずに済むのでしょうが、
    なかなか出来ません。

    いじめっ子が親と教師の前で良い子を演じるのは、ドイツでもごく普通です。
    だから、いろいろな子供達の生の声って大切で、
    子供が口を開きやすい環境を整えるのが大人の務めだと思ってます。

    高校生の子は、長年いじめていた子達(どちらも成績優秀・お金持ち・スポーツ万能)に観衆の前で堂々と
    他人を苛めるのは、弱虫で卑怯で最低だと宣言したのを最後に、イジメは激減したようです。思春期の女社会の醜い嫉妬はあるようですが。
    ドイツ社会なので、「いざとなったら、手と足を出しても仕方ない。万一逮捕されたら、堂々と裁判で一緒に戦うから」と話しました。
    万一の時は、弁護士・教育委員会など、すべてを巻き込んで戦う覚悟を持ち、ドイツ人の中の味方を増やしておくのは、親の出来ることだと考えています。

    苛める子は、所詮、狭い社会の中で、不満を抱えている心の弱い人間なので、一歩外の世界に出ると、今度は自分が少数派に転落します。
    子供達には、「人は皆違う。価値観も違う。良し悪しではなく、違うことを尊重しあうべき」と導いているところです。

    特に、ドイツの場合、「ドイツ人が」と言うと、すべてのドイツ人を敵に回してしまうし、ステレオタイプは間違っているのですから、
    「~~さんの、この言動が間違っている」と人ではなく言動を非難する。うちの場合、まだ現在進行形なので、その都度考えて、
    対処することに、日々追われています。

    世界は広い。様々な価値観があるのだから、
    寛容で臨機応変な柔軟な考え方ができると、自分が楽になる気がします。

    ちなみに、私への差別発言をした相手は、
    「井の中の蛙、大海を知らず」と切り捨ててます。
    理解できないレベルしか持たないのだから、話す価値もないですから。

    5:56 PM ゆうき
    • ゆうきさん
       
      ドイツでの体験を書いてくださってありがとうございます。
       
      >いじめっ子が親と教師の前で良い子を演じるのは、ドイツでもごく普通です。
      だから、いろいろな子供達の生の声って大切で、
      子供が口を開きやすい環境を整えるのが大人の務めだと思ってます。
       
      ↑なるほど。子供が口を開きやすい環境をつくることは問題解決にとって大事だし前提ですよね。応援してます。
       
      そして、いわゆる「見るからに不良」だけでなく、ゆうきさんが書かれていたように「成績優秀・お金持ち・スポーツ万能」の人達がイジメをする事も少なくないという現実、ありますよね。
       
      >ドイツ社会なので、「いざとなったら、手と足を出しても仕方ない。万一逮捕されたら、堂々と裁判で一緒に戦うから」と話しました。
      万一の時は、弁護士・教育委員会など、すべてを巻き込んで戦う覚悟を持ち、ドイツ人の中の味方を増やしておくのは、親の出来ることだと考えています。
       
      ↑大事な事ですね。ドイツはイジメをする人も少なくないですが、被害者側に付き積極的に戦ってくれる人を見つけることが日本よりドイツのほうが簡単なのもまた事実です。ここがドイツの素晴らしいところかな。自分に何の利益もないのに純粋な気持ち一筋で一緒に戦ってくれる人がいるのは貴重ですね。
       
      >ちなみに、私への差別発言をした相手は、
      「井の中の蛙、大海を知らず」と切り捨ててます。
      理解できないレベルしか持たないのだから、話す価値もないですから。
       
      ↑なるほど。話す価値がないのはもちろんですが、私はその場の雰囲気で言い返したこともあります。容姿がドイツ風でない友達とミュンヘンのあるカフェに行ったら、あるおじいさんウエイターに差別的な酷いことを言われたので(友達が英語で”Excuse me? May I order?” とウエイターに聞いたら、ウエイターは英語で”If you want to speak with me, you need to speak in GERMAN!”と、のたまった。)、私ウエイターに次のようにドイツ語で言い返しました。”Sie sind nur frustriert, weil sie am Wochenende arbeiten müssen. Sie armes Schwein. Hätten Sie aus Ihrem Leben mehr gemacht, so müßten Sie als alter Mann jetzt nicht am Wochenende für einen Billiglohn schuften und Ihren Frust an ausländischen Gästen auslassen.”と。賛否両論あるかと思いますが、これぐらい返してちょうどかと。おじいさんウエイターも言われて怒り心頭でしたが、知ったこっちゃないですよ。★サンドラ★

      12:00 PM サンドラ・ヘフェリン
  • 私だったらいじめられた子に対して「復讐はよくない」「許すことを覚えなさい」「そんな昔のことは忘れなさい」とはとても言えないな~。だって毎日毎日嫌な思いをして学校へ行くわけです。トラウマにもなります。フラッシュバックだって起きる子もいます。何より、人と深くかかわることができなくなる子もいるんです。
    いじめは犯罪!許してはいけないんです!いじめているほうは罪の意識はゼロですが、そういう奴らはそれなりの代償を支払うことになります。私をいじめた奴らも、のちに代償を支払ったわけです。

    12:33 AM Jannat
    • Jannatさん
       
      ほんとうですよね。
       
      >何より、人と深くかかわることができなくなる子もいるんです。
       
      ↑というのも考えさせられました。自分もちょっとそういうところあったかな、とドキッとします。またお話しましょう~★サンドラ★

      12:31 PM サンドラ・ヘフェリン
  • >たしかに「完全に気が済むまでの仕返し」って、そうできるものではないのかもしれませんね。
    というより、私の場合は相手を理詰めでず~~~っとず~~~っと追い詰めて、逃げ場をなくさせてしまうタイプになりそうで怖いです。しかもやればやるほど、気が済むどころか、もっともっと苦しませてやる!3倍にして返してやる!になってしまう。
    そのうちにこんなことやっている自分が嫌になって、もっと腹が立って、やらなくてもいいのに、もっともっと理詰めで追い詰めそう --; そういう自分が一番怖いです。

    1:21 PM Jannat
    • Jannatさん
       
      Jannatさん正直で素晴らしい(笑)そんなもんだと思いますよ、多くの人の胸のうちは。それを言うか言わないかの差だけだったりもします。★サンドラ★

      12:32 PM サンドラ・ヘフェリン
  • ここまでみなさんのコメントとサンドラさんのドイツ人の考え方に関する意見を読んできた限りで感じたのは、日本人の親たち大人たちは「いじめっ子を許しなさい」派が多く、ドイツ人の親たち大人たちは「いじめられたらやり返しなさい」派が多いのかなというところです。ドイツ人の親の意見がここには出ていないし、もちろんここに挙げられた意見がすべてではないので、あくまで想像になってしまいますが。

    しかし、すると、ドイツと日本のハーフのつらさがそういう面からも透けて見えてくるような気がします。

    いじめのつらさプラス、その対処法をめぐって、互いに譲らない「許しなさい」派と「やり返しなさい」派の大人たちの板挟みになっている子供も
    いるのではないかと感じました。

    「許しなさい」「やり返しなさい」どちらが正しいか答が出るものではないと私は思います。
    たとえば、いじめっ子を許すことで自分が救われたという人と、やり返したことで救われたという人の統計を取ってどちらが多かったからといって、少なかった方の方法で救われたという人も少ないながらも存在する以上は、多かった方が正しい方法であるとはいえないはずです。
    それなら、どちらかの方法だけこれが正しいのだと子供に提示することは不当なように感じます。
    「私はこっちのやり方がすきだけどね」というならまだしも。
    まあ大人が「正しいと思う」を「すき」と言い換えたところで子供が感じる「親の意見に添うようにしなきゃ」というプレッシャーは大差ないと思うのですが…。

    私が一番言いたいのは、子供の中に「復讐してやりたい」「復讐なんてしたくない」その他どんな気持ちが沸き起こったとしても、大人が「そう思うべきではない」と否定すべきではないということ。

    私は常々、個人の頭の中では何を感じ考えるのも自由、と思っています。行動にうつすとなると周囲の迷惑なども考えなくてはならないから何をしても自由というわけではないと思いますが。

    だから大人は、結果的には自分好みの対処法を提示することになるにしても、まずは子供が傷ついていること自体と、傷ついたことから引き起こされた子供の感情もろもろを「そう感じるのも無理はない」と認めることが大事と思います。

    当たり前のことかもしれないけど、大人も、今起こっているいじめにはやく対処しなくちゃ!と焦っていると、結構その部分をはしょりがちなのではないでしょうか。

    私自身子供の頃結構つらいことがあっても、「落ち込んでる暇があったら前にすすめ」的な教えをまわりの大人から受け、とりあえずはその痛みを感じないよう考えないよう、生産的に見える別のことに取り組んだという経験が多々ありますが、本当に深い傷は傷口そのものに目を向けないことには癒えないものです。

    だからこの意見を頭の片隅に入れてくださるよう、この場を借りて大人の方々にお願いしたいと思います。

    9:50 AM ゆり
    • ゆりさん
       
      確かに日本とドイツのハーフはそういう意味でも大変かも(苦笑)現に私が小さい時、父親(ドイツ人)と母親(日本人)に色んなことを相談すると、まったく真逆のアドバイスが返ってきて、えええ?!ということがよくありました。ウチの父親は、「やられたら、二倍か三倍ぐらいにやり返すぐらいがちょうどいい」というタイプ。日本だったら受け入れられない考え方かもしれませんね。そしてウチの母は(当時は)「何ごともコトを荒立てたくない」タイプ。あまりに極端で本当ビックリですよ。その結果が私のような支離滅裂人間です(笑)
       
      ゆりさんが書いていた
       
      >だから大人は、結果的には自分好みの対処法を提示することになるにしても、まずは子供が傷ついていること自体と、傷ついたことから引き起こされた子供の感情もろもろを「そう感じるのも無理はない」と認めることが大事と思います。
       
      ↑一番大事なことかもしれないですね、これ。親の役割はやっぱり大きい。
       
      そうそう、私がコラムに書いたドイツ人の男の子(私のカバンの中にポルノ雑誌を入れた子)ですが、問題行動にはその男の子の親にやっぱり原因があったみたい。でもその男の子が下半身不随だと聞いた時には病気のことが気の毒だと思うと同時に、親に恵まれなかった彼をかわいそうだと思いました。子供に愛情を注ぐ優しい親の子は人をいじめないし。なので彼に対する気持ちは「今度生まれ変わる時は優しい親の元に生まれ変われたらいいね。そしたらアナタも周りも嫌な思いしなくて済むしハッピーになれるね。」でした。★サンドラ★

      12:54 PM サンドラ・ヘフェリン
  • サンドラさん
    返答ありがとうございます!
    サンドラさんのご両親の話をしてくださってありがとうございます。
    子供の頃のサンドラさんは、最もちかしい大人ふたりから対極のアドバイスを受け困惑したでしょうね。
    そのような体験をしているハーフの方々、結構いらっしゃるでしょうね。
    私の夫も、両親がよく衝突しているのを見て、また自分の話が原因でけんかしている…と罪悪感を持ってしまっていたみたいです。
    サンドラさんはふたつの異なった意見をどのように受け止め、消化していましたか?
    親にこうしてほしかった、こうされてよかった、などあれば、差し支えなければ聞かせてください。参考にします。
    また、そのような経験から、世の親たちにアドバイスや警告があったら是非聞かせてください。

    8:22 AM ゆり
    • ゆりさん
       
      いえいえ、私の話でよければ喜んでします^^
       
      う~ん、私の場合、お父さんとお母さんのするアドバイスがあまりにも違うというか両極端だったため、結局いま「世の中の人は全員、それぞれが置かれている立場によって言う事が全く違うから、けっきょく信用できるのは自分だけ。」という考え方になっちゃってます(笑)でも、これじゃ参考になりませんね^^;
       
      でも逆に言うと、早い段階から(子供の時から)世の中には色んな意見がある(お父さんの意見とお母さんの意見が違ったから)、という事が身に染みてわかってよかったのかもしれません(笑)
       
      親に気をつけてほしいこと・・・・なんだろう、そうそう、ハーフは日本では目立つけど、それを親に相談すると、「(目立つのも)個性」とか「ありがたく思えばいい」という返事が返ってきたりしますが、そういう「目立つのは個性」と言う人に限って、子供の時から自分が目立つ状況に置かれないまま大人になった人が多い(笑)。そういう意味では「個性的だからいいじゃない?」と極端に『個性』というものに対してポジティブ思考なのって、「皆と同じ」横並びで育った人だから言える「特権」のような気がしました。ゆりさんのご主人もよく話されていますが、(ハーフの)子供はやっぱり日本人の子供の中で上手くやろうと頑張っている時に変に目立つ外国人の親にしゃしゃり出てきてほしくないし、逆にたとえばドイツ人の集団の中で(ハーフの)子供が自己主張やケンカも含めて上手くやっている時に、日本人の親に「皆さんに迷惑かけないようにしなさい」だとか「ケンカはよくないことだから、やめなさい」と言われるのは子供にとって迷惑極まりないアドバイスだな、と(笑)・・・・個人的には思います。また何かあったらお話しましょう~★サンドラ★

      4:08 PM サンドラ・ヘフェリン
  • いじめの復讐・・・

    考えさせられました。
    私の場合、箱に入れて、ふたをして、紐をかけて、また箱に入れて、心の奥の奥にしまいこんで忘れたふりをしてすごしています。

    どっかに捨ててこなくっちゃ忘れられないんだとも思いました。

    親の転勤を機会に昔の友人関係もすべて経って、都会に逃げたので探しても会えるかどうか・・・ ソーシャルネットワーク当たってみます。

    3:04 AM Elissa
    • Elissaさん
       
      忘れられる場合は忘れてしまったほうがいいのかもしれませんね。でも忘れられないからと言って自分が悪いのではなくイジメっ子が悪いわけですから、このコラムに書いたような合法な「復讐」はアリだと思ってます^皿^★サンドラ★

      9:20 AM サンドラ・ヘフェリン
  • 『アメリカ スクールカースト』で検索したらこんなものが…(笑)

    これを知ったのは田舎の学校に通って退学してから七ヶ月後です。
    私が通っていた学校、まさにこれに当てはまっていました(爆)
    なので、私は③の復習でした。

    けれどアメリカの大学に入ったら、それこそ死に物狂いで勉強しないといけないのに、あの生徒達は大学生になっても高校のままの価値観を引きずっていたらどうなるんだろう。 他人事だけど、それだけが今から心配だわ。

    6:16 PM Maria
  • 追記:
    後、父が高校生時代に一人の女の子をいじめていた女子二人は、
    いじめていた子から『もうあなた達とは関わりたくない』
    という主旨の手紙を送られたそうです。
    そして、いじめっ子の一人は大人になって二度結婚して
    二度離婚したという事を父が話していて、
    父は「あいつ(いじめっ子)は馬鹿だ、間抜けだ」
    って言っていました。
    父は無教徒ですが、若干古いタイプの人なので…。

    6:18 PM Maria
    • Mariaさん
       
      なるほどねー。まあ、「あの人は二回離婚した」というのは、ここで言う「復讐」になるのかもしれませんね。でも私はあまり好きではない考え方です。なぜなら女性に対して「あの女は二回(三回も)離婚した。あの女はふしだらな女。不幸な女。」的なことを思ったり言うのは「マッチョ」な考え方だからです。現に男性に対して「あの男は二回(三回も)離婚した。あの男はふしだらな女。不幸な男。」という言い方がされる事は世の中少ないのです。なので古いタイプのお父様には今度「パパはマッチョな考え方だよ」と言ってあげてください(笑)★サンドラ★

      9:31 AM サンドラ・ヘフェリン
  • 日本生まれ日本育ちの日米ハーフですが、私も小学生の頃にはいじめられましたね。さほど酷いレベルではなかった気がしますし(仲間外れにされたり、「アメリカ人が原爆落とした!」と言われたり、集めていたカードを盗まれたり等)、いじめっ子グループの先導者が転校してしまってからは随分と落ち着いたのですが、それでも辛かったのは覚えています。

    そんな私がやる復讐(?)は、初対面の人間を驚かす事ですね。先日はついに「ホ○ヤクコ○ニャク作戦」というものを実行しました。簡単に書きますと、私の事を知らない日本人の目の前で最初に英語で会話し、コンニャクを食べ日本語(大阪弁)にいきなり切り替える、というものです。場所がアメリカだったという事もあってか、相手は最初本当にコンニャクの効果だと思ったようです。

    他にも日本人に英語で時間を聞いておきながら日本語で丁寧にお礼を言ったり、英語で長々と赤みそと白みその違いを語ってみたりと、復讐と称して数々の意地悪を赤の他人にしてきました(もちろん、全てにおいて意地悪した相手と互いに後々笑いの種にしていますが)。

    ここまで書くとただの意地悪な八つ当たりにしか見えないかもしれませんが、私自身の中ではれっきとした「社会への復讐」と思っています。

    いじめっ子を擁護するつもりはないのですが、私自身は彼ら彼女らが私をいじめたのはある意味仕方のない事だと感じています。むしろ、私が彼ら彼女らの立場なら同じ事をしたのではないか、とも。いじめられているときに母親に教えられたのは「いじめっ子はあなたを怖がっている。だから、堂々としていなさい。例え仲間外れにされても、一人で遊び続けなさい」という事でした。当時は母親に言われた事を鵜呑みにしていましたが、今となってはなんとなくそれが理解出来る気がするのです。彼ら彼女らにとって、私は「自分達と違うよくわからない奴」だったのではないかと。だから、幼い心で彼ら彼女らが出来た精一杯の私への対応が「イジメ」だったのではないかと、そう思うのです。

    文化人類学の院生から聞いた話では、ある文化では肌の違う人間は神格化され神の使いとしてあがめられていたという事もあるそうです。イジメの逆にも見えますが、そこにある気持ちは「畏怖」であり、やはり「知らない事に対する恐れ」ではないでしょうか。

    そう考えると、復讐するべき相手はいじめっ子たち本人ではなく、彼ら彼女らをそう行動させた社会というか人間の持つ本質というか、そのような曖昧なものだと思ったのです。

    ですから、微々たる物だとは思いますが偏見や知らない事への恐怖を逆手にとって笑いの種とする事で、私自身はイジメへの復讐をしています。

    4:57 AM Ken
    • Kenさん
       
      ホンヤクコンニャク(笑)・・・・
       
      色々とかわいい復習をしていますね。いい感じです^^Kenさんが最後のほうで書いていた
       
      >文化人類学の院生から聞いた話では、ある文化では肌の違う人間は神格化され神の使いとしてあがめられていたという事もあるそうです。イジメの逆にも見えますが、そこにある気持ちは「畏怖」であり、やはり「知らない事に対する恐れ」ではないでしょうか。
       
      ↑に納得しました。ハーフや異人種、肌の色の違う人は「得体が知れないもの」として、「不思議なパワーを発揮するはずだ」と変に神聖化されるか、イジメられるか、だと私も思います。当事者からすると、本当はどっちもやめてよ、普通に扱え!!なんですけどね。

      >そう考えると、復讐するべき相手はいじめっ子たち本人ではなく、彼ら彼女らをそう行動させた社会というか人間の持つ本質というか、そのような曖昧なものだと思ったのです。
       
      ↑これ、あたっていると思います。ちょこちょこと「社会への復讐」をKenさんのようなかわいい形でやっていけたら、と思います。またコメントくださいーーー☆★サンドラ★

      9:38 AM サンドラ・ヘフェリン
  • お返事ありがとうございます。

    まあ、父は古いタイプの人だけあって『妻子を養う』という考えを持っていますが、亭主関白というわけでもありませんよ(強いて言うなら母が脳天気 笑)。

    うーん。父はそのいじめられた子を見て、かわいそうだ、と言っていたので、父としては「してやられた」というシャーデンフロイデの思いが強かったと思っていたのですね。

    けれど、やっぱりこのタイプのシャーデンフロイデは良くないですね。

    父にその事を言えないのがもどかしいなあ(泣)。

    7:34 PM Maria
  • 後、これを言うのが非常に心苦しいのですが、その学校にはドイツ人の男の子一人(私より一つ年上だったと思う)が留学生と来ていて、その子が「僕はドイツ人です」と言った途端、クラスメイト達が軽蔑まじりの声を挙げていたな。これは過去の私のトラウマをフラッシュバックさせました。

    そして私はChineseと言われるどころか、Japaneseとヒソヒソ言われていました。幸いにもJapとは言われませんでしたが。

    …彼等も田舎者だった為、やっぱり第二次世界大戦の思想を引きずっていたのでしょうね。

    ただ、日本人とアメリカ人の間に生まれただけなのに、どちらの所でも戦争犯罪者扱いされるのが物凄い悲しかったです。

    そのドイツ人の男の子、どうなったんだろう…。

    7:36 PM Maria
  • 更に強烈な事を言うと、私が九年生(中三)の時に半年間住んでいたネバダ州に近いカリフォルニア州の田舎町や隣町には、かつてナチスドイツと戦った老人が結構います。

    そして、彼等もまた真珠湾攻撃の事を知っているでしょう。今の9.11のように。

    これらを子供達は祖父祖母から聞かされている子が多いんだな…。

    7:34 AM Maria
  • みどリリーさんへ

    そういえば、ニューヨーク出身のアメリカ人の先生がこう言っていました。

    「カリフォルニア州は upper middle class(裕福な中流階級)の州だからあまり言いたい事を言わない」

    …だからアジア系にも露骨に偏見の目で見ないのかなあ。

    と、いうより私が半年間住んでいたネバダ州に近い白人系の村(一応、メキシコ系や先住民、そしてインド人も住んでいました)は、家と家の間がかなり空いていて、しかも昼間でも人が歩いていない程の田舎でした。

    その上、その町は田舎というだけに超・村社会なので、私がその地元出身の父がいる、というのが皆に知られていたから好奇の目で見られなかったと思います(どんなタテ社会なのw)。

    あと、アメリカは基本的に個人主義なので、

    「他人なんかどーでもいい」

    な思考も、その村人達は持っていたと思う(タテ社会な村なのに 笑)。

    それにしても、みどリリーさんはどこの州にお住まいですか?

    アメリカの中東部や Deep South に住んでいたら、睥睨の目で見られるでしょう。

    やっぱり、アメリカも良くない所なのか…(ため息)。

    8:59 PM Maria
  • いじめをする、あるいはしたという人は本人から仕返しをされなくても、必ず自分に跳ね返ります。

    ・小学生時代、私のズボンに大便の残りカスをつけてきたり、他の子を連れて嫌みを言ったり、執拗に嫌がらせをしてきた Ku Klux Klan のような女の子Hちゃんは取り巻きといざこざを起こして一週間後にいじめのターゲットになった。

    ・中学生時代、私を含む、彼女に逆らう者はいじめのターゲットにする女の子(非白人)はクラスメイト全員から嫌われていた(本人も、彼女自身の悪口を取り巻きから言われるのを聞いた為、彼女自身はそれを知っていた)。

    ・中三に、白人系ハーフの女の子を執拗にいじめまくってその子を退学に追いやり、高一に私を執拗に仲間外れにした女の子(中国人でも韓国人でもありません)は高一を留年しないといけなくなり、クラスメイトから仲間外れにされています。

    私は小学六年生の頃から国際学校に通っていますが、そこでもいじめがないわけではありません。

    いじめる側は必ず取り巻きがいますが、その取り巻きは友達ではありません。

    ただ、いじめられるのを回避する為にいじめっ子におべっかを使っているだけです。

    いじめっ子がなんらかの問題を起こして、その取り巻きからいじめられる可能性ははっきり言って高いです。

    4:51 PM Maria
  • >話す価値がないのはもちろんですが、私はその場の雰囲気で言い返したこともあります。容姿がドイツ風でない友達とミュンヘンのあるカフェに行ったら、あるおじいさんウエイターに差別的な酷いことを言われたので(友達が英語で”Excuse me? May I order?” とウエイターに聞いたら、ウエイターは英語で”If you want to speak with me, you need to speak in GERMAN!”と、のたまった。)、私ウエイターに次のようにドイツ語で言い返しました。”Sie sind nur frustriert, weil sie am Wochenende arbeiten müssen. Sie armes Schwein. Hätten Sie aus Ihrem Leben mehr gemacht, so müßten Sie als alter Mann jetzt nicht am Wochenende für einen Billiglohn schuften und Ihren Frust an ausländischen Gästen auslassen.”と。賛否両論あるかと思いますが、これぐらい返してちょうどかと。おじいさんウエイターも言われて怒り心頭でしたが、知ったこっちゃないですよ。

    これ、翻訳して読みました。

    サンドラさん、すごいかっこいいです。なかなか痛烈な皮肉を使っていて、読んでいる私も痛快です。

    アメリカにもイロニー/アイロニーの文化があるのですが、基本的にアメリカ人は言いたい事を正直にいう傾向がありますから(私がまさにそれ 笑)。

    ちなみに、これはアメリカの風刺画です。

    http://3.bp.blogspot.com/_nSTO-vZpSgc/S810L4NsnVI/AAAAAAAAIQ0/1nwp6lKfvbE/s1600/SEIU.png

    これを読んで意味を理解した時には爆笑しました。

    4:13 PM Maria
  • >日本の外国人=アメリカ人、と全く同じです。

    そう言えば去年、私が通っている国際学校にイギリス人がいたのですが(彼はもう卒業しました)、彼も

    「僕はイギリス人なのに日本にいると皆僕の事をアメリカ人って言う」

    とおっしゃっていました。

    彼も偏見に沢山遭ったのでしょう。

    でも、本当にイギリス人とアメリカ人の見分け方が分からないなー。

    9:48 AM Maria

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