辻仁成さんの「フランスで差別された時の対処法」にビックリ仰天

2019.9.6

この年(中年)になると、

「ハーフであるがゆえの悩み」や「モヤモヤ」も緩和されつつあります(笑)

子供の頃や十代、若いころには悩んだことであっても

今はそれを乗り越えて立派な(?)中年になっているんだもの、それでいいのではないか。・・・なんて思うのです(笑)

でも中年でありながらも(中年、中年、としつこくて、すみません)、ふとしたことで、過去の悔しさを思い出すこともあります。

フランスはパリ在住の作家辻仁成さんには何の恨みもありませんが、彼がブログに書いた「フランスで差別された時の対処法」を読んで、ああ、この人は社会のマイノリティーとして生活している子供の気持ちをまるで分っていないんだなあ、と悲しくなるとともに、イライラしました。

ブログに書かれた内容を要約すると、辻さんの息子さんがあるフランス人にバカにするように「ニーハオ」と言われたとのこと。そのことを怒り心頭で父親(辻さん)に報告をしたところ、父親に「差別されたと怒るお前が悪い」と怒られてしまう、という子供の視点からするとまったくもって胸糞悪いエピソード。

ブログにも書かれていますが、辻さんは息子さんを次のように叱りつけています。

以下抜粋⇒

「差別というのは差別を受けたと思った時点で負けるんだ。いいか、胸を張って言い返してやれよ、だからフランスはその中国に頭があがらないんですね、マダム、と。日本とフランスの区別がつかないフランス人がまだいることに僕は驚いたよ、と言ってやればいいことだろ。(※サンドラの補足⇒「日本とフランスの区別がつかない」のではなく、「日本と中国の区別がつかない」の書き間違えかと思います。)その場で反論できない段階でその怒りを家まで持って帰って来たお前は敗北者だ」こう告げると「なんで」と息子が小さく吐き捨てた。「パパだったら、そのマダムの前に行き、イタリア人とスペイン人とフランス人の差が俺にはわかるけど、あんたは学校で何勉強してきたんですか、フランスの学校のレベル大丈夫ですか、と言い返す。周りにいるフランス人に聞こえるようにちゃんという。腹が立ってるのに言い返せず、差別されたと思い込んで家に戻って来てパパに怒りをぶちまける段階でお前の負けだ。わかったか、次から差別されたと思ったら、言い返せ、言い返せないならば、自分が悪いと思え」こう告げると、息子君、「むちゃくちゃだよ」と笑い出した。僕は息子の顔を覗き込み、声をすごめ、「いいか、前から何度もお前に言い聞かせている通り、パパはフランスで一度も差別を受けたことがない。それは堂々と自分を主張し、一点の恥もなく生きているからだ。差別されたと騒ぐ連中の共通点はどこかに恥を持っているからだ。そこを突かれて差別だと騒ぐに過ぎない。同じ人間だろ、正々堂々としてろよ。もしも、次に、そういうことがあったら、即座に相手の非を突いてわからせてやれ。日本の方がフランスより礼儀も精神力も立派だというだけでも十分だ。フランスで生きていきたいなら、フランスに媚びを売るな。フランス人に尊敬されるくらい強い自分を持て、フランスとはそういう国だろ。自分を持っている人間はリスペクトされる。自分を主張できない人間は脱落していく、そういう世界だ。一部のバカな人間にちょっとからかわれたくらいでその怒りを神聖な我が家に持ち込むな。そのくらい強くなれ。言い返せないお前の負けだ。わかったか、以上

いや~・・・・本当にどこからツッコんだらよいのか分かりません。

まず「日本と中国の区別がつかないフランス人がまだいることに僕は驚いたよ、と言ってやればいいことだろ。」というところだけど、ニーハオだのチンチャンチョンなどと「からかって」くる欧米人というのは、東洋人全般を低く見ているので、「からかいたい」「一言いってやりたい」というのがあるので、その手の欧米人に関しては、「相手が中国人か・日本人か」なんて、どうでもいいことなんですよ。悲しいけど。なので、正論で「日本と中国の区別がつかないフランス人がまだいることに僕は驚いたよ」な~んて返してやったところで、相手はチンピラな心の持ち主(ひねくれた心、という意味)ですから、「うるせーんだよ、このチンチャンチョンが!」と思うだけですし、ヘタすると実際にそう言われてしまうかもしれません。

でも、一番「その社会でマイノリティーである子供」からすると、許せないのは次のくだり。「いいか、前から何度もお前に言い聞かせている通り、パパはフランスで一度も差別を受けたことがない。」

ほんとうに、あ~あ、、、、ですね。辻さんは日本でマジョリティーとして子供時代を過ごしています。大人になってからフランスに移住したのは、彼が大人になってから選択したことです。それに対して、息子さんは、自分で選択など何もしていなくて、「気が付いたら、その社会で自分がマイノリティー」だという存在。辻さんは大人なので、付き合える相手も選べるし、そういう低俗なことを言い出しそうな人や場には極力かかわらない、という選択だってできますが、子供はそうはいかないんですよ。そういう「差」を辻さんは全く考慮してあげていない気がします。

それで、息子に「その場で言い返せ」と諭しているので、父親ご本人はさぞかしフランス語がお上手なのかと思いきや、ブログの最後のほうに、「差別的なことを言ってきた人に日本語で怒鳴ってやった」とあります。これって、どうなんでしょ。フランス在住の大人としてあまり誇れるものではないと思いますが。

イライラしたのは、辻さん自身に対して、というよりも、辻さんのような大人って、「よくいる」んですよ。ハーフの子を持つ親や、(辻さんのように)海外にいる日本人の親にもよくいます。自分は現地語を全く話せない、またはカタコトで現地の言語能力がかなり怪しいのに、子供が「差別された」というと、「日本人として誇りを持ちなさい!」だとか「堂々と言い返しなさい」とか抜かす親(抜かす、とか、下品な言葉遣いですみません、でもアタマにきてます)。

海外に限らず、日本にもいますね。「学校でいじめられた」と語るハーフの小学生に「あなたは、ハーフであることを誇りに思って堂々としていなさい」などと精神論をかまして、イジメの詳細を知ろうとしない親とかね。

そのほか、ツッコミどころはザッと以下の通り。

≫日本の方がフランスより礼儀も精神力も立派だというだけでも十分だ。

↑これ、申し訳ないけれど、「ニッポン人は偉いんだぞー!」というなんだかとても右寄りのにおいがします。

なのに、次のくだりでは

≫フランス人に尊敬されるくらい強い自分を持て、フランスとはそういう国だろ。

↑と「フランス人に認められる」ことに重点を置いていて、あ、この人もしかしたら、おフランスを崇拝していらっしゃる方なのかな、なんて思ったり。

それにしても、「海外と日本」というテーマに関係なく、ビックリ仰天したのが、

「一部のバカな人間にちょっとからかわれたくらいでその怒りを神聖な我が家に持ち込むな。」

↑子供が家で悩みを話すことを否定しているのって、これ、なんだか毒親の匂いがしますね。というか、フランスはパリにいながら頭は昭和風オヤジ、という感じかしら。

久しぶりに「怖いもの」を見てしまった感じ。

ほんで、ブログのタイトルは「フランスで差別された時の対処法」なのだけれど、子供は父親から何一つ「対処法」は学べていない、という。。

有名作家であっても、「マイノリティーの子供」への理解って、この程度のものなのか、、、タメ息が出ますが、皆様良い週末を。

サンドラ・ヘフェリン

コメント

  • こいつみたいな「俺はアジア人差別されたことない」って言い張る系の人って本当に気持ち悪いと思ってるんだよね。
    だって嘘じゃん。本当は差別されたことあるでしょ。
    あと「鈍感だから差別されたことに気づかないわ~」って言ってる人もキモい。それも嘘だから。
    本当は差別されてることに気づいてるけど、それを認めたくなくて見て見ぬふりしてるんじゃん。
    あと、人種差別されても怒らないのが大人の対応。怒るのはダサイ。とか言ってる奴も気持ち悪い。ますます舐められるだけじゃん。

    7:28 PM
  • 在仏です。
    辻さんの日記、読みました。なんだかなぁ。
    辻さんがおっしゃるのが、純粋に「差別されても誇りは忘れるな」なら、私は共感します。ただ彼の見解はそもそも的が外れてると思うし、ご自身の見解の中にさえ矛盾がある。

    「礼儀、精神力においては日本の方がフランスより優れている」という、いたく主観的な見解を示しておきながら、同時に「フランス人に尊敬されるくらいになれ」、そこはフランスに(というか、辻さんの考えるフランス的なものに)擦り寄っていくのかい??と。やられたらやり返せ、の子供の喧嘩にしか思えません。
    差別というのは何も国籍、肌の色に限りません。性別、年齢、学歴、職歴、出身地、見た目…それはもう、思いつく限り、あらゆる差別というのが存在すると思います。辻さんの見解は差別されたら、差別し返せ。相手の弱みを指摘し、優位に立て!といってるようにしか、私には映らない。それではいくら差別を非難したところで、こちらも同じ穴の狢です。

    ブログの後半、アフリカ系の掃除夫に日本語で罵倒するシーンが紹介されていますが、この時の辻さんのセリフ、
    『どういう環境で育ったら、そんな運転ができるんだ。運転が下手なら掃除夫なんてするな』
    にしても、私はそこはかとない無意識の差別、蔑視を感じてしまう。どうせろくな環境で育ってもないんだろ、掃除夫以外に仕事あるだろ、みたいな…。もし相手が日本語を理解したとしても、辻さんはやはり同じようなことばで相手をやり込めようとするのでしょうか。私にはとても〈礼儀が立派〉な国の人の言動とは思えません。

    いずれにしろ、彼の言動には誇りをもって真っ向から対峙するというより、いかに相手の弱みを突いて見せるか、という攻撃的な姿勢しか感じません。これでは差別は永遠になくならないでしょう…。

    さらに、辻さんのフランス生活はあくまでも日本における社会的成功に支えられ成り立っているのではないでしょうか。それは悪いことではないけれど、辻さんの立場と日本人、アジア人に限らず、その他大勢の名もなき外国人として異国で生きる人々の立場を混同してはいけないと思う。

    端から蔑視されがちな人種に生まれ、出自も学歴も仕事も見た目も性格も特に誇れるものがないと、本人が思っている場合、人は甘んじて差別を受け入れるしかないのでしょうか。辻さんは勝ち負けの話をしていますが本質的なことには触れず、汚いことばを使って低レベルな言い合いに勝てば正義なのでしょうか。

    長くなりましたが、差別を批判する人々でさえ、時に自らのアイデンティティを守らんがため、自ら差別的になってしまうことが多々ある―、私はそれを肝に銘じていたいです。

    11:19 AM mm

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